ツートライブ周平魂とは何者?43歳の経歴と2026年東京進出後の現在を徹底解説
お笑いコンビ「ツートライブ」の周平魂(しゅうへいだましい)は、京都府京都市出身の漫才師だ。1983年9月11日生まれで、2026年11月現在43歳。相方のたかのりとは兵庫県立大学時代に出会い、NSC大阪校30期生を経て、2008年4月1日に正式にコンビを結成した。
長年にわたって関西を中心に活動してきた2人は、2025年5月17日の「THE SECOND~漫才トーナメント~2025」で優勝。結成18年目にして漫才界の頂点に立ち、2026年4月には東京進出を果たした。周平魂の個性的な言葉選びや、日常の出来事を大げさに語る「いきり漫才」も改めて注目されている。
この記事では、吉本興業の公式プロフィール、本人インタビュー、テレビ局の大会記録、2026年の公演情報をもとに、周平魂の本名・年齢・学歴・芸人になった理由から、THE SECOND優勝後の変化、東京での活動、愛用腕時計までを詳しく整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- プロフィール: 1983年9月11日生まれ、京都府京都市出身。2026年11月現在43歳。
- 芸人への道: 兵庫県立大学時代にたかのりと出会い、NSC大阪校30期を経て2008年に正式結成。
- 最大の実績: 2025年5月17日にTHE SECONDで優勝し、3代目王者に輝いた。
- 2026年の動向: 4月から東京進出。大阪での新ネタライブも継続している。
- 芸風の魅力: 独特な言葉選びと、周平魂の熱量あるしゃべくりが特徴のいきり漫才。
【基本プロフィール】周平魂の年齢・生年月日・出身地・本名を整理

周平魂のプロフィール一覧
まずは、周平魂の基本情報を確認しておきたい。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 芸名 | 周平魂(しゅうへいだましい) |
| 生年月日 | 1983年9月11日 |
| 年齢 | 43歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 京都府京都市 |
| 身長 | 169cm |
| 体重 | 55kg |
| 血液型 | B型 |
| 所属事務所 | 吉本興業 |
| 出身養成所 | NSC大阪校30期生 |
| 趣味 | 料理、ブラックミュージック、釣り、音楽鑑賞 |
| 特技 | サッカー、京都案内 |
| コンビ | ツートライブ |
| 相方 | たかのり |
これらは吉本興業の公式プロフィールに掲載されている情報だ。特に京都府京都市出身という点は、周平魂の芸風や独特の言葉遣いを理解するうえでも興味深い。
身長169cm、体重55kgという体格に加え、料理やブラックミュージック、釣りなど幅広い趣味を持つ。特技として京都案内を挙げていることからも、出身地への愛着がうかがえる。
周平魂の本名は公表されている?
検索ユーザーが気になる情報の一つが本名だ。
吉本興業の公式プロフィールでは、活動名の「周平魂」が掲載されているものの、戸籍上の本名は記載されていない。
本人のインタビューでも基本的には周平魂という名前で紹介されているため、公式に確認できる本名情報と芸名は区別して考える必要がある。
「周平」という名前が芸名に含まれていることは分かるが、それだけで本名を断定することはできない。
2026年現在の年齢は43歳
1983年9月11日生まれの周平魂は、2026年9月に43歳の誕生日を迎えた。
芸歴は2008年のコンビ結成から数えて18年を超えている。
若手時代の下積みを経験し、40代でTHE SECONDの王者となったことは、周平魂のキャリアを語るうえで大きな意味を持つ。
【学歴と結成秘話】兵庫県立大学でたかのりと出会い芸人を目指した理由
京都出身の周平魂が大学に進学した理由
周平魂が芸人を志すようになった背景には、学生時代からのお笑いへの強い憧れがある。
2023年のウォーカープラス掲載インタビューでは、本人が高校卒業を控えた時期のエピソードを語っている。
当時、ちょうど2001年にM-1グランプリが始まり、アマチュアでも参加できる大会として注目されていた。
周平魂は、その大会を見て大学進学を決意。大学生活の4年間で漫才の相方を見つけ、M-1で優勝するという目標を持っていた。
本人にとって大学進学は、単に学歴を得るためだけではなく、将来の漫才師としての可能性を探す時間でもあった。
兵庫県立大学でたかのりと運命的に出会う
周平魂とたかのりの出会いは、大学のオリエンテーションだった。
周平魂は新入生が集まる場で、先輩から説明を受けている最中にマイクを手に取り、ボケを連発するという大胆な行動に出た。
狙いは、自分のボケに乗ってくる面白い学生を見つけることだった。
そこで飛び入り参加してきたのが、後に相方となるたかのりだった。
興味深いのは、たかのり自身は最初から漫才の相方を探されていたとは知らなかった点だ。
たかのりは単純に面白そうな人たちと大学生活を楽しみたいと考えていたという。
一方、周平魂は裏で相方候補として彼を見ていた。2人の認識には違いがあったものの、この出会いが後のツートライブにつながっていく。
最初のコンビ名は「ハッピーエンド」
大学2年生の頃、2人は「ハッピーエンド」というコンビ名でM-1グランプリに挑戦した。
大会への出場経験を通じて、漫才への可能性を感じた周平魂に対し、たかのりは当初、芸人になることを人生の最優先には考えていなかった。
そのため、一度コンビは解散状態になる。
周平魂はその後もお笑いへの思いを捨てられず、M-1を見ては自分が出場できないことを悔しく感じていたという。
一方のたかのりも、大学生活の後半で将来について考えるようになり、改めてお笑いの楽しさを思い出す。
転機となったのは、たかのりがNSCへの入学を決意したことだった。
神戸の居酒屋で再会した2人は、偶然にも互いがNSCへの進学を考えていたことを知り、再びコンビを組むことになった。
兵庫県立大学の名称に関する補足
大学名についても押さえておきたい。
兵庫県立大学の公式沿革によれば、現在の兵庫県立大学は2004年4月、神戸商科大学・姫路工業大学・兵庫県立看護大学の3大学が統合して開学した。
神戸商科大学は兵庫県立大学の前身にあたる。
そのため、2人の大学時代を説明する際には、当時の大学の沿革と現在の大学名称を区別すると理解しやすい。
【NSC大阪校30期からブレイクまで】2008年結成と18年間の経歴
2007年にNSC大阪校30期へ入学
大学で再結成した2人は、NSC大阪校30期生として本格的にプロの芸人を目指す。
NSCでは上位クラスに所属するなど、本人たちも手応えを感じていた。
しかし、養成所の仲間にウケることと、一般のお客さんを笑わせることは別だった。
卒業後の劇場オーディションでは、ネタが20~30秒ほどで終了してしまうこともあったという。
周平魂は後年のインタビューで、養成所時代の評価と実際の舞台での反応の違いを振り返っている。
2008年4月1日にツートライブを正式結成
2008年4月1日、2人は正式に「ツートライブ」として活動を開始した。
当初から一貫してしゃべくり漫才に取り組み、周平魂の個性的な発想とたかのりの掛け合いを武器に、関西の劇場を中心に活動を続けてきた。
ただし、結成直後から順調だったわけではない。
周平魂は過去のインタビューで、2015~2016年頃には複数のアルバイトを掛け持ちし、芸人を続けることに迷いを感じた時期があったと明かしている。
当時は同期の芸人がテレビで活躍する一方、自分たちはなかなか結果を出せず、経済的にも苦しい生活を送っていた。
下積み時代を変えた2017年のABCお笑いグランプリ
大きな転機になったのが、2017年7月の第38回ABCお笑いグランプリ決勝進出だ。
10年以上の芸歴を重ねる前に、全国的な賞レースで結果を残したことが、コンビの存在を広く知らせるきっかけになった。
その後も上方漫才協会大賞の文芸部門賞を2019年、2022年、2023年に受賞するなど、漫才の実力を評価されていく。
M-1グランプリでは長年準々決勝の壁に苦しんだものの、漫才そのものを磨き続けた。
ツートライブの主な経歴・関係者一覧
| 関連人物・団体 | 周平魂との関係 | 主な出来事・実績 |
|---|---|---|
| たかのり | 相方 | 大学で出会い、2008年に正式結成 |
| 兵庫県立大学 | 学生時代の出会いの場 | 大学時代に漫才を始める |
| NSC大阪校30期 | 芸人としての養成期間 | 2007年入学 |
| ABCお笑いグランプリ | 賞レース | 2017年に決勝進出 |
| 上方漫才協会大賞 | 漫才の受賞歴 | 2019・2022・2023年に文芸部門賞 |
| 囲碁将棋 | THE SECOND決勝の対戦相手 | 2025年に決勝で対戦 |
| ミルクボーイ | 漫才ライブの仲間 | 漫才ブームの全国ツアーで共演 |
こうして見ると、ツートライブの成功は一度の大会で突然生まれたものではない。
大学時代の出会い、NSCでの経験、長い下積み、賞レースでの試行錯誤が積み重なった結果だ。
【芸風を徹底分析】周平魂のいきり漫才と独特な言葉選びの魅力
日常の出来事を格好つけて語る「いきり漫才」
ツートライブの代名詞ともいえるのが、いわゆる「いきり漫才」だ。
これは、日常にある何気ない出来事や普通の話題を、周平魂が必要以上に格好つけたり、大げさな表現を使ったりしながら語る漫才スタイルである。
特徴的なのは、話の内容そのものよりも、周平魂がどのような言葉を選び、どのようなテンションで語るかに笑いのポイントがあることだ。
例えば、身体の部位を独自の表現に置き換えたり、普通の動作を妙に格好よく言い換えたりする。
2021年のLmaga.jpの記事では、周平魂の独特な言葉選びとして「耳肉」などの表現が紹介された。
明石家さんまとの共演でも、そのクセの強い言葉遣いが話題になった。
周平魂とたかのりの役割分担
ツートライブの漫才は、周平魂の個性だけでは成立しない。
周平魂が独特な世界観を広げていく一方、たかのりは相方の話を受け止め、観客の感覚に近い反応を返していく。
この対比によって、周平魂の発言がより際立つ。
2025年末の週プレNEWSのインタビューでは、2人が漫才の方法を変えたことも明かしている。
優勝前の約1年間、周平魂は舞台に出るまで相方に披露するネタを伝えない方法を試した。
たかのりは、舞台上で初めて話の展開を知ることになる。
これによって、台本をなぞるような会話ではなく、その場で相手の話を聞いて反応する自然な掛け合いが生まれたという。
この工夫は、ツートライブの漫才をさらに進化させた要素の一つと考えられる。
なぜ周平魂の漫才は印象に残るのか
魅力は、独特なワードセンスだけではない。
周平魂の話し方には、普通の出来事をまるで重大な事件のように語る熱量がある。
一方、たかのりは過剰に乗りすぎず、冷静な反応で話を受け止める。
この温度差が笑いを生み出している。
また、周平魂はストーリーを展開する能力にも長けている。2025年末のツアー公演についてFANY Magazineは、周平魂の語りによって観客がネタの世界観に引き込まれていく様子を紹介している。
つまり、単純なボケとツッコミの応酬ではなく、言葉と物語で観客を巻き込む漫才なのだ。
【THE SECOND 2025優勝】結成18年目にしてつかんだ漫才日本一
2025年5月17日、3代目王者に輝く
ツートライブのキャリアを大きく変えたのが、2025年5月17日に開催された「THE SECOND~漫才トーナメント~2025」だ。
同大会は結成16年以上のプロ漫才師が参加する賞レースで、長年活動してきた漫才師にとって大きな挑戦の場となっている。
ツートライブはグランプリファイナルで3試合を勝ち抜き、見事優勝した。
| 試合 | 対戦相手 | 得点 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 1回戦 | モンスターエンジン | 295対278 | ツートライブ勝利 |
| 準決勝 | はりけ~んず | 288対275 | ツートライブ勝利 |
| 決勝 | 囲碁将棋 | 287対279 | ツートライブ勝利 |
特に1回戦の295点は、決勝大会で大きなインパクトを残す高得点だった。
決勝では囲碁将棋を287対279で下し、3代目王者に輝いた。
この優勝は、M-1グランプリで長く苦戦してきた2人にとっても大きな節目となった。
優勝につながった漫才の変化
週プレNEWSのインタビューでは、周平魂が優勝につながった工夫について詳しく語っている。
従来のネタ作りでは、あらかじめ展開を決めてから舞台に立つことが多かった。
しかし、相方にネタを事前に伝えない方法を取り入れたことで、舞台上での会話に緊張感が生まれた。
たかのりも、何が飛び出すか分からないため、周平魂の話をより注意深く聞くようになったという。
さらに、M-1の4分ネタとは異なる6分という時間設定も、2人のしゃべくり漫才に合っていた。
これは単純にネタを長くできたという話ではない。
周平魂の独特な話の展開や、たかのりの反応を含めた掛け合いを、より自然な形で見せられるようになったということだ。
優勝後の仕事量は約3倍に
同インタビューで周平魂は、優勝後の仕事量について、以前の約3倍になったと振り返っている。
出演機会が増えただけでなく、番組の打ち合わせでも、どのネタを披露するのか具体的に聞かれるようになったという。
優勝によって、出演オファーを受ける立場から、番組側がネタや企画を具体的に検討する立場へと変化したことが分かる。
長い下積みを経験した2人にとって、THE SECONDの優勝は単なる賞金獲得ではなく、芸人としての活動領域を広げる転換点だった。
【2026年最新】ツートライブの東京進出と現在の活動
2026年4月から東京へ活動拠点を移す
2025年11月28日、ツートライブは2026年春から東京に進出することを発表した。
発表の場は、よしもと漫才劇場チャンネルの生配信だった。
周平魂は、大阪で18年間支えてくれたファンへの感謝を伝えたうえで、さらなる成長を目指して東京へ進む決意を示した。
その理由については、THE SECONDで優勝した今が、東京へ進出するタイミングだと考えたことを説明している。
2026年4月には実際に東京進出を果たした。
東京進出は漫才を続けるための選択
東京進出について興味深いのは、テレビでの知名度だけを目的にしていない点だ。
2026年4月のスポニチの報道では、たかのりが東京のほうが漫才の舞台が多いと考えたことを説明している。
周平魂も、4月以降のスケジュールを見て、東京に移ってからのほうが漫才の出演機会が増えていると語った。
また、2025年末の週プレNEWSのインタビューでは、周平魂は東京進出に対して複雑な気持ちも明かしている。
大阪を離れることに抵抗がありながらも、将来、東京に行かなかったことを後悔したくないという思いがあったという。
18年間積み上げてきた関西での活動を捨てるのではなく、漫才師としてさらに長く活動するための挑戦と捉えられる。
2026年11月現在の主な活動
2026年11月現在、ツートライブは東京だけに活動を限定していない。
特に注目したいのが、新ネタライブ「ネタとニュアンス」だ。
2026年9月のマイナビニュースのインタビューによれば、吉本道頓堀シアターで新作漫才3本を披露する単独ライブを毎月開催している。
周平魂は、このライブで作ったネタの中から選んだ作品を、全国ツアーでも披露する構想を説明している。
さらに、2026年の漫才ツアー「闊歩旅'26」も開催中だ。
2026年の公演予定は次のとおり。
| 開催地 | 公演日 | 会場 |
|---|---|---|
| 大阪 | 10月18日 | 近鉄アート館 |
| 愛知 | 11月15日 | 大須演芸場 |
| 東京 | 12月18日 | ルミネtheよしもと |
11月1日現在、大阪公演は終了しており、次の公演は愛知、続いて東京となる。
また、ミルクボーイ、金属バット、デルマパンゲとともに、2024年から2033年まで10年間をかけて全国47都道府県を巡る「漫才ブーム10年間ツアー」にも取り組んでいる。
東京進出後も大阪での活動を大切にし、全国各地で漫才を届ける姿勢が続いている。
【本人インタビュー】周平魂の愛用腕時計と芸人としての人生観
初めて購入した腕時計はカシオのデータバンク
2026年9月25日、マイナビニュースに周平魂の腕時計に関するインタビューが掲載された。
連載「夢を刻む、芸人の時計」で紹介されたのは、時計にまつわる思い出と芸人としての人生の転機だ。
本人によれば、初めて購入した腕時計は中学3年生頃に手に入れたカシオの「データバンク」。
当時はG-SHOCKが流行していたものの、周平魂は周囲と少し違うものを選びたいという気持ちからデータバンクを購入したという。
新品ではなく中古品を選び、CDや服を買うために日々のお金を節約していた学生時代のエピソードも語られている。
祖父の形見である1960年代のラドー
現在、大切にしている時計の一つが、母方の祖父から受け継いだラドーの「ダイヤスター」だ。
1960年代のモデルで、何度か修理やオーバーホールを繰り返してきたものの、インタビュー時点では秒針が止まっていた。
周平魂にとって、この時計は単なるファッションアイテムではない。
祖父は周平魂が大学4年生のときに亡くなった。
当時はNSCへの願書を出すかどうか迷っていた時期でもあり、芸人になる決断をなかなか家族に伝えられなかった。
祖父との最後の時間を過ごした後、人生について考え直し、自分が本当にやりたいことに挑戦しようと考えたという。
祖父の形見の時計には、そうした人生の転機が刻まれている。
普段使いの時計と愛用する理由
もう一つ大切にしているのが、福岡県北九州市のセレクトショップ「STAY SICK」で購入したヴィンテージ風の腕時計だ。
蛇腹式のブレスレットが壊れたため、現在は革ベルトに付け替えて使用している。
周平魂は、父や祖父が身に着けていたような、どこか懐かしいデザインに惹かれると語っている。
また、将来はラドーの現行モデルも購入し、子どもに受け継いでいきたいという希望も明かした。
時計のインタビューから見える周平魂の価値観
このインタビューで印象的なのは、周平魂が時計を単なる高級品として扱っていないことだ。
祖父から受け継いだ時計を修理しながら大切に保管し、普段使いの時計も長く愛用する。
芸人としての活動についても、優勝後に満足するのではなく、新しいネタを作り続けたいという姿勢を示している。
本人は、THE SECOND優勝後も挑戦を続け、毎月の単独ライブで自分を更新していきたいと語った。
腕時計の話からも、周平魂が大切にしているのは、一時的な華やかさよりも、時間をかけて積み上げることなのだと分かる。
【よくある質問】ツートライブの周平魂に関するFAQ
Q1:周平魂は何歳ですか?
A1:1983年9月11日生まれです。2026年11月現在43歳です。
Q2:周平魂の本名は何ですか?
A2:吉本興業の公式プロフィールには芸名の「周平魂」が掲載されていますが、戸籍上の本名は公式プロフィールで確認できません。
Q3:周平魂の出身大学はどこですか?
A3:本人のインタビューでは兵庫県立大学に進学したことが語られています。大学時代に相方のたかのりと出会いました。
Q4:周平魂とたかのりはいつコンビを結成しましたか?
A4:正式なコンビ結成年月日は2008年4月1日です。大学時代に最初のコンビを組み、いったん離れた後、NSCへの進学を機に再結成しました。
Q5:ツートライブはTHE SECONDで優勝しましたか?
A5:はい。2025年5月17日のTHE SECOND~漫才トーナメント~2025で優勝し、3代目王者となりました。
Q6:ツートライブは2026年に東京進出しましたか?
A6:はい。2025年11月に東京進出を発表し、2026年4月から東京へ活動拠点を移しました。大阪での新ネタライブや全国ツアーも継続しています。
Q7:周平魂の趣味や特技は何ですか?
A7:趣味は料理、ブラックミュージック、釣り、音楽鑑賞です。特技はサッカーと京都案内です。
Q8:周平魂の愛用腕時計は何ですか?
A8:祖父の形見である1960年代のラドー「ダイヤスター」と、北九州のセレクトショップSTAY SICKで購入したヴィンテージ風の腕時計を大切にしています。
まとめ:周平魂は18年の下積みを経て東京で新たな挑戦へ
ツートライブの周平魂は、京都府京都市出身で1983年9月11日生まれの漫才師だ。
兵庫県立大学時代にたかのりと出会い、NSC大阪校30期生として芸人の道へ進んだ。2008年4月1日の正式結成から長い下積みを経験し、2017年のABCお笑いグランプリ決勝進出、上方漫才協会大賞の受賞などを経て、2025年のTHE SECONDでついに優勝を果たした。
そして2026年4月には東京進出。現在も新ネタライブや全国ツアーを続け、漫才師として次のステージに挑んでいる。
周平魂を知るうえで注目したいのは、個性的な言葉選びやいきり漫才だけではない。長い下積みを経ても漫才への情熱を失わず、相方とともにスタイルを進化させてきた点だ。
今後の活動を評価するうえで注目したいポイントは3つある。
1. 東京進出によって、全国ネットのテレビや漫才の舞台でどのような活躍を見せるのか。
2. 大阪で続ける新ネタライブを通じて、いきり漫才がどのように進化するのか。
3. THE SECOND王者として、全国47都道府県を巡る漫才ツアーや劇場活動をどこまで広げていくのか。
18年かけてつかんだ優勝は、周平魂にとってゴールではなく新たな出発点だ。2026年の東京進出を経て、ツートライブがどのような漫才師へ成長していくのか、今後も注目したい。