【2026年最新】プロ野球戦力外一覧は148人!12球団の発表状況

目次

2026年11月1日時点で、球団の公式発表を集計した戦力外通告選手は、12球団合計148人(支配下選手93人、育成選手55人)となっている。

野球情報サイト「野球丼」が各球団の公式発表と報道資料を照合した集計では、最多は福岡ソフトバンクホークスの19人。DeNAと中日がそれぞれ15人で続く。

球団別の人数は次の通りだ。

- 阪神タイガース:9人
- 横浜DeNAベイスターズ:15人
- 読売ジャイアンツ:14人
- 中日ドラゴンズ:15人
- 広島東洋カープ:13人
- 東京ヤクルトスワローズ:9人
- 福岡ソフトバンクホークス:19人
- 北海道日本ハムファイターズ:9人
- オリックス・バファローズ:11人
- 東北楽天ゴールデンイーグルス:13人
- 埼玉西武ライオンズ:10人
- 千葉ロッテマリーンズ:11人

2026年に注目された戦力外通告選手

プロ野球戦力外一覧

2026年は、若手から実績のある選手まで、幅広い層に来季の契約を結ばない旨が伝えられた。

報道された選手の中には、ソフトバンクの緒方理貢、秋広優人、大江竜聖らも含まれている。

一方、戦力外通告を受けた選手の中には、現役続行を希望する選手や、球団から育成契約を打診される選手もいる。通告を受けたという事実だけで、選手生活の終了が決まるわけではない。

2026年の戦力外通告期間と合同トライアウト

2026年の戦力外通告期間は、2段階に分けられた。

- 第1次:9月28日から10月9日まで。クライマックスシリーズのファーストステージ敗退球団には終了後の例外期間が設けられた。
- 第2次:クライマックスシリーズ全日程終了の翌日から10月30日まで。

この期間が終了した後も、現役続行を希望する選手の挑戦は続く。

日刊スポーツの11月1日付報道によると、2026年の12球団合同トライアウトは11月17日にバンテリンドーム ナゴヤで開催される予定だ。

トライアウトは、他球団の編成担当者らに実力を示す機会である。ただし、参加すれば必ず契約を獲得できるわけではない。トライアウト以前に移籍先が決まる選手もおり、独立リーグや海外球団を選択する選手もいる。

【放送史を徹底解説】TBS『プロ野球戦力外通告』は2004年から何を伝えてきたのか

番組名:『プロ野球戦力外通告 クビを宣告された男達』

TBS系の『プロ野球戦力外通告 クビを宣告された男達』は、2004年に放送を開始したプロ野球ドキュメンタリーだ。

開始当初の番組タイトルは『激動のプロ野球総決算 クビを宣告された男達』。その年に所属球団から戦力外通告を受けた選手に密着し、再起を目指す姿や、選手を支える家族の生活を伝えてきた。

TBSの番組公式情報では、2025年の放送が第22回と紹介されている。2004年から年末の恒例番組として続いてきた歴史が分かる。

番組が描いてきたのは通告後の人生

番組の特徴は、戦力外通告を単なる野球ニュースとして扱わないことにある。

球団から契約を結ばないと告げられた選手は、現役続行を希望する場合、短期間で次の所属先を探さなければならない。

家族がいる選手にとっては、野球を続けられるかどうかだけでなく、生活費、住居、子どもの教育、家族の将来にも関わる問題になる。

番組は合同トライアウトへの参加、他球団からのオファー、引退の決断などを追い、選手が人生の岐路で何を選ぶのかを映し出してきた。

2013年10月8日放送『俺たちはプロ野球選手だった』

関連ドキュメンタリーとして押さえておきたいのが、『壮絶人生ドキュメント 俺たちはプロ野球選手だった』だ。

2013年10月8日(火)21時から22時48分にTBS系列で放送された第四弾では、現役を退いた元プロ野球選手たちのセカンドキャリアが取り上げられた。

登場した人物には、宮下昌己、西崎幸広、森田丈武(丈武)、高橋智らがいる。

特に高橋智のエピソードは、プロ野球選手としての知名度や実績が、引退後の安定した仕事に直結するとは限らない現実を伝えた。

ライブドアニュースが放送内容を紹介した記事によると、高橋は引退後に整体のアルバイトなどを経験し、機械部品の加工工場に正社員として就職。その後、リーマンショックによる仕事の減少を経験し、業務用エレベーターの点検員へ転職した。

野球界から離れた後も、働く場所を探し続けた一人だ。

『プロ野球選手の妻たち』は家族側から描いた関連作品

もう一つの関連作品が『壮絶人生ドキュメント プロ野球選手の妻たち』である。

こちらは、現役選手や引退した選手の夫を支える妻たちに焦点を当てたドキュメンタリーだ。

TBSの番組公式ページでは、夫の競技生活を支えるための食事づくり、病気やけがへの対応、引退後の生活などが紹介されている。押切もえや紺野あさ美らが登場した回もある。

関連する番組情報では、今江敏晃夫妻のように、夫婦の年齢差や結婚生活にも注目したエピソードが取り上げられてきた。

戦力外通告を受けるのは選手本人だが、その決断によって生活が変わるのは本人だけではない。妻たちの視点を取り入れることで、野球選手のセカンドキャリアが家族全体の問題として浮かび上がる。

番組・人物・関連作品の関係一覧

以下に、主要な人物と番組の関係、描かれた人生の転換点を整理した。

人物・作品 関係・放送情報 主な内容
プロ野球戦力外通告 2004年放送開始 戦力外選手と家族の再起に密着
吉永幸一郎 2009年の関連ドキュメンタリーで紹介 子供服店の閉店後、野球指導への道を模索
河野博文 関連番組で紹介された元プロ野球選手 独立リーグのコーチを経て農業へ転身
俺たちはプロ野球選手だった 2013年10月8日21時放送 元選手の引退後の仕事や暮らしを特集
プロ野球選手の妻たち 不定期放送の関連作品 妻の献身、夫婦の生活、家族の再出発

この3つの番組は、現役時代の競技成績だけでは分からない選手の人生を異なる角度から伝えている。

【戦力外選手のその後】吉永幸一郎と河野博文が選んだ第二の人生

戦力外通告を受けた選手のその後を考えるうえで、吉永幸一郎と河野博文の歩みは対照的な事例だ。

吉永は野球指導という競技に近い道を選び、河野は農業という異業種へ進んだ。どちらも現役時代の経験を生かしながら、新しい生活基盤を築いていった。

吉永幸一郎:子供服店の経営から野球指導へ

吉永幸一郎は、福岡ダイエーホークスや読売ジャイアンツでプレーした元捕手だ。

現役時代には強打の捕手として知られたが、巨人時代の出場機会は次第に減少。2003年10月14日に球団から戦力外通告を受け、同年限りで現役を引退した。

引退後、吉永が選んだのは福岡県での子供服専門店の経営だった。

しかし、経営環境の悪化によって店を閉じることになり、再び仕事と生活の基盤を考え直すことになる。

2009年末に放送された関連ドキュメンタリーでは、幼稚園児を対象とした野球教室の開設を準備する姿が紹介された。

当時の吉永にとって、野球は単なる過去の職業ではなかった。現役時代に身につけた技術や経験を、次の世代へ伝える仕事として再出発を目指していた。

その後の動きも確認できる。

福岡の地域経済情報を伝える「ふくおか経済」の2014年8月19日付記事によると、吉永は2014年2月に開設された中学硬式野球チーム「福岡井尻ボーイズ」の初代監督に就任。子ども向け野球教室を運営するFIBベースボールアカデミーの活動にも関わっていた。

これは、テレビで描かれた野球教室開設への挑戦が、実際の野球指導活動につながったことを示す具体的な経緯だ。

吉永の事例から分かるのは、プロ野球選手としてのキャリアが終わっても、野球経験を生かせる仕事が残されているということだ。

ただし、2026年現在の具体的な所属や役職については、近年の継続的な公式発表が確認できないため、2014年の活動実績と現在の所属を混同しないことが大切である。

河野博文:独立リーグのコーチからタマネギ農家へ

河野博文は、日本ハム、巨人、千葉ロッテなどで活躍した元投手だ。「げんちゃん」の愛称でも親しまれた。

1984年にドラフト1位で日本ハムへ入団し、先発と中継ぎの両方で活躍。2000年に現役を引退した。

引退後は建設会社に勤務した後、独立リーグの群馬ダイヤモンドペガサスで投手コーチを務める。

しかし、コーチとして活動していた時期に妻を病気で亡くし、さらに球団との契約も終了。生活と仕事の両面で大きな転換点を迎えた。

河野が次に選んだ仕事は、農業だった。

2016年の日刊ゲンダイDIGITALの取材記事によると、2009年に農業へ転身し、群馬県の農家でタマネギ栽培を学んだ。農業経験がなかった河野にとって、畑仕事は想像以上に厳しいものだったという。

2024年12月9日付の日刊ゲンダイDIGITALの記事では、その後の歩みも紹介されている。

河野は高崎市でタマネギ農家として活動し、飲食店を閉めて農業に力を注ぐ生活へ移行していた。

河野の人生で印象的なのは、野球界に戻ることだけを再起の目標にしなかった点だ。

独立リーグの指導者として経験を積み、その後は農業というまったく違う仕事に挑戦した。現役時代の知名度だけでは解決できない問題に向き合い、自分の手で新しい仕事をつくっていった。

吉永と河野の歩みを比較すると、戦力外後の人生には一つの正解がないことが分かる。

【戦力外通告の理由】実績のある選手でも契約を失うのはなぜか

プロ野球の戦力外通告は、球団が選手に翌シーズンの契約を結ばない意思を伝えることを指す。

一般に「クビ」と表現されるが、必ずしも選手の能力が完全に失われたことを意味するわけではない。

主な理由は成績だけではない

戦力外通告の背景には、複数の要因がある。

1. 成績と出場機会の減少

打率、防御率、出場試合数などの成績が期待を下回り、チーム内での役割を失うケースだ。

特に若手選手が成長し、同じポジションに競争相手が増えれば、実績のある選手でも出場機会が減ることがある。

2. けがやコンディションの問題

長期離脱や手術後の回復状況、以前のパフォーマンスを取り戻せる見込みなども、球団の判断材料になる。

3. 年齢とチーム編成

球団は目の前のシーズンだけでなく、数年先のチーム構成も考えて選手を獲得・育成する。

若手の育成枠を確保するため、実績のあるベテランとの契約を終了するケースもある。

4. 球団の経営・補強方針

新外国人選手の獲得、ドラフト指名、トレード、現役ドラフトなどによって、チーム内の選手構成は変化する。

その結果、本人の実力とは別に、球団の編成方針によって契約が終了する場合もある。

戦力外通告・自由契約・引退は同じではない

検索する際に混同されやすいのが、この3つの言葉だ。

- 戦力外通告:球団が翌シーズンの契約を結ばない意思を選手に伝えること。
- 自由契約:球団が選手との契約関係を保留せず、他球団との契約交渉が可能になる状態。
- 現役引退:選手本人が競技生活を終える決断をすること。

例えば、戦力外通告を受けた後に他球団と契約できれば、現役生活は続く。また、支配下契約から育成契約へ移行するために、いったん自由契約の手続きが取られる場合もある。

したがって、戦力外通告の一覧を確認するときは、引退や自由契約といった別の区分を一緒に数えないことが大切だ。

【NPB公式データで検証】戦力外通告後の進路と再就職の実態

戦力外選手の現在を知るうえで、特に参考になるのが日本野球機構(NPB)が公表したセカンドキャリア調査だ。

2026年4月27日、NPBは2025年シーズンに戦力外となった選手と現役引退選手、合計169人の進路調査結果を発表した。

対象者の平均年齢は27.2歳、平均在籍年数は6.8年。外国人選手と同一球団内で育成選手として再契約した選手は対象から除外されている。

2025年対象者169人の進路内訳

NPBの公式調査による進路の内訳は次の通りだ。

進路 人数 割合
NPB関係 90人 53.25%
その他野球関係 54人 31.95%
野球関係以外 17人 10.06%
未定・不明 8人 4.73%
合計 169人 100%

注目すべきなのは、NPB関係とその他野球関係を合わせると、144人、全体の85.21%が野球に関係する進路を選んでいることだ。

戦力外通告を受けても、野球との関係を完全に断つ選手ばかりではない。

独立リーグ・社会人野球・海外チームという選択肢

NPBの公式調査では、野球関係の進路について、さらに細かい数字が公表されている。

- NPBの選手:10人
- NPB育成選手:48人
- NPB監督・コーチ:3人
- 球団職員・チームスタッフ:29人
- ファーム参加球団:6人
- 独立リーグ:8人
- 社会人野球:18人
- 海外チーム:17人
- 解説者・評論家:3人
- その他の野球関係:2人

ここで注目したいのは、NPB関係の90人すべてが選手として現役を続けるわけではない点だ。

育成選手48人は、支配下選手としての契約とは異なる立場で野球を続ける。また、球団職員やチームスタッフとして競技の現場に残る人も29人いる。

つまり、プロ野球でのキャリアは、選手としてプレーすることだけに限られない。

プロ野球選手の再就職はどのくらい難しいのか

野球関係以外の進路を選んだ17人の内訳は、一般企業への就職が14人、自営・起業が3人だった。

全体の約1割が、野球以外の分野で仕事を始めた計算になる。

一方で、2025年の調査では、進路未定が5人、不明が3人いた。

この数字は、戦力外後の再就職が簡単ではないことも示している。

プロ野球選手は若くして高い専門性を身につける一方、一般企業で求められる職務経験や資格を持っていない場合もある。現役時代の実績が、そのまま一般企業での採用条件に結びつくわけではない。

NPBのセカンドキャリア支援や学生野球資格回復制度などは、引退後に指導者やスタッフとして活動するための選択肢を広げる仕組みだ。

吉永幸一郎の野球指導、河野博文の農業、高橋智の会社員としての再出発は、それぞれ異なる道筋を示している。

戦力外後の進路を考えるときには、現役続行だけでなく、野球経験を生かせる仕事と、野球以外の仕事の両方を視野に入れる必要がある。

【プロ野球戦力外一覧】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:2026年のプロ野球戦力外選手は何人ですか?
A1:2026年11月1日時点で、各球団の公式発表を集計した一覧では148人です。内訳は支配下選手93人、育成選手55人。最多はソフトバンクの19人です。なお、引退表明や自由契約の選手をすべて含めた数字とは異なります。

Q2:TBS『プロ野球戦力外通告』はいつから放送されていますか?
A2:2004年に『激動のプロ野球総決算 クビを宣告された男達』として放送が始まりました。2025年の放送は第22回として紹介されています。

Q3:吉永幸一郎は戦力外通告後、何をしていましたか?
A3:現役引退後は子供服専門店を経営しましたが、閉店。その後、野球指導の道へ進み、2014年には福岡井尻ボーイズの初代監督に就任しました。

Q4:河野博文は現在何をしていますか?
A4:元巨人などの投手だった河野博文は、独立リーグのコーチを経て農業に転身しました。2024年の日刊ゲンダイDIGITALの取材では、群馬県でタマネギ農家として活動する様子が紹介されています。

Q5:戦力外通告を受けた選手は必ず引退するのですか?
A5:必ずしも引退するわけではありません。他球団への移籍、育成契約、独立リーグ、社会人野球、海外チームなどで現役を続ける道があります。引退後にコーチや球団スタッフになる選手もいます。

Q6:『俺たちはプロ野球選手だった』はいつ放送されましたか?
A6:2013年10月8日21時から22時48分までTBS系列で放送されました。高橋智、西崎幸広、宮下昌己ら、現役引退後の人生を歩む元選手たちが取り上げられました。

まとめ:プロ野球戦力外一覧から見える選手たちの第二の人生

プロ野球戦力外一覧に並ぶ選手名の一つひとつには、それぞれ異なる競技人生と生活がある。2026年11月1日時点では、12球団の公式発表を集計した戦力外選手は148人。合同トライアウトをはじめ、現役続行を目指す選手たちの挑戦も続いている。

TBSの『プロ野球戦力外通告』が2004年から描いてきたのは、単なる退団情報ではない。吉永幸一郎の野球指導への挑戦、河野博文の農業への転身、2013年放送の『俺たちはプロ野球選手だった』で紹介された高橋智らの再就職など、野球を離れた後の人生にも焦点を当ててきた。

そして、NPBが2026年4月に公表した2025年対象者169人の進路調査では、144人が野球関係の仕事を選択していた。現役続行だけでなく、育成契約、指導者、球団スタッフ、社会人野球、海外リーグなど、野球に関わる道は複数存在する。

【プロの結論】戦力外通告は、プロ野球選手としての契約が終わることを意味するが、その人の野球人生や社会人としてのキャリアまで終わるわけではない。選手の名前を確認するときは、戦力外・自由契約・引退を区別し、その後の契約先や職業まで追うことが大切だ。

選手たちの本当の評価は、現役時代の成績だけでは決まらない。ユニフォームを脱いだ後にどのような道を選び、新しい人生を築いていくのか。その歩みもまた、プロ野球という世界を理解するための大切な記録である。