【プロフィール】漆原大晟はどんな元プロ野球選手?読み方・生年月日・出身地を紹介
漆原大晟の基本プロフィールを整理すると、次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 漆原 大晟 |
| 読み方 | うるしはら・たいせい |
| 生年月日 | 1996年9月10日 |
| 2026年11月現在の年齢 | 30歳 |
| 出身地 | 新潟県燕市 |
| 身長 | 182cm |
| 体重 | 84kg |
| 血液型 | B型 |
| 守備位置 | 投手 |
| 投打 | 右投左打 |
| 最終所属球団 | 阪神タイガース |
| プロ入り | 2018年育成ドラフト1位 |
| 現在 | タイガースアカデミーコーチ |
漆原大晟の読み方は「うるしはら・たいせい」

「漆原」は「うるしはら」、「大晟」は「たいせい」と読みます。
初見では読み方に迷いやすい名前ですが、阪神タイガースの公式プロフィールや日本野球機構(NPB)の選手データにも、読み仮名が掲載されています。
生年月日と出身地は?
生年月日は1996年9月10日。新潟県燕市で生まれました。
2026年11月1日時点では30歳です。
燕市の公式紹介によると、小学校2年生のときに吉田ジュニアクラブで軟式野球を始めています。地元で野球に親しみ、中学校、高校、大学と競技を続け、プロ野球選手への道を切り開きました。
また、右投左打という投打の組み合わせも特徴です。右腕から投球しながら左打席に立つ選手で、現役時代は主に投手として活躍しました。
【野球人生】新潟県燕市からプロへ!漆原大晟の学生時代と成長の軌跡
漆原大晟の野球人生を振り返るうえで欠かせないのが、新潟県内で積み重ねた学生時代の経験です。
プロ入り前から球速と奪三振能力で注目され、大学時代には複数のプロ球団が関心を寄せる投手へと成長しました。
小学校・中学校時代は地元新潟で野球に打ち込む
燕市の公式プロフィールによると、漆原は粟生津小学校2年生のとき、吉田ジュニアクラブで軟式野球を始めました。
中学校は吉田中学校に進学し、学校生活と並行して硬式野球の三条リトルシニアに所属しています。
小学生時代の軟式野球から中学時代の硬式野球へと競技環境を移し、実戦経験を積み重ねました。
新潟明訓高校では甲子園も経験
高校は新潟明訓高校に進学。
2012年夏には全国高校野球選手権大会への出場を経験しています。
高校野球で全国の舞台を踏んだことは、その後の大学野球、そしてプロを目指すキャリアにつながる重要な経験でした。
新潟医療福祉大学で才能が開花
高校卒業後は新潟医療福祉大学へ進学しました。
大学時代の漆原は、特に奪三振能力で存在感を示しています。
日刊スポーツの2018年10月25日付の記事では、大学1年時の秋季リーグ戦で11打者連続ではなく、11者連続奪三振を記録したことが紹介されています。
さらに大学最後の秋季リーグ戦では、関東学園大学を相手に16奪三振の完封勝利を達成しました。
当時の持ち味は最速151キロのストレート。速球の威力だけでなく、打者から三振を奪う能力も評価されていました。
記事ではプロ7球団が関心を示していたことも伝えられています。
新潟の大学からプロ野球を目指す道は、必ずしも平坦ではありません。大学野球で結果を残し、ドラフト候補として評価を高めたことが、漆原のキャリアにおける大きな転換点になりました。
【プロ経歴・年表】オリックスから阪神へ!漆原大晟のキャリアを徹底整理
漆原大晟は2018年のドラフト会議でオリックス・バファローズから育成1位指名を受けました。
育成選手から支配下登録を勝ち取り、一軍で登板を重ねた後、現役ドラフトによって阪神へ移籍しています。
キャリアの主要な転換点をまとめました。
2018年育成ドラフト1位でオリックスに入団
2018年10月のドラフト会議で、オリックスから育成1位指名を受けました。
当時の漆原は、新潟医療福祉大学のエース格として注目されていた投手です。
プロ入り直後は育成選手という立場でしたが、2019年のファーム公式戦で23セーブを挙げ、ウエスタン・リーグ最多セーブのタイトルを獲得しました。
この実績が評価され、2020年2月に支配下登録へ移行します。
育成選手から支配下登録への昇格は、プロ野球選手として一つの大きな節目です。漆原にとっても、大学時代に培った実力をプロの舞台で示す機会が広がりました。
オリックス時代は中継ぎ・救援投手として登板
支配下登録後は一軍のリリーフ陣に加わり、2020年には22試合、2021年には34試合に登板しました。
2021年は2勝2敗、2セーブ、防御率3.03を記録しています。
救援投手は、先発投手が降板した後に登板し、試合の流れを維持する役割を担います。
登板するイニングや試合展開によって求められる仕事が変わるため、安定した投球と状況への対応力が欠かせません。
漆原はオリックス時代に複数の役割を経験し、一軍での実績を積み上げました。
2023年の現役ドラフトで阪神タイガースへ
2023年オフには現役ドラフトによって阪神タイガースへ移籍しました。
現役ドラフトは、出場機会に恵まれない選手などが新しい球団でプレーする機会を得られるように設けられた制度です。
漆原にとっては、オリックスでのキャリアから阪神での新しい挑戦へと進む転機でした。
移籍後の2024年には一軍38試合に登板。1勝4敗、5ホールド、防御率3.89という成績を残しています。
登板数からも、阪神の救援陣の一角として起用されていたことが分かります。
【投手としての実力】右投左打の特徴と通算成績を検証
漆原大晟を語るうえで外せないのが、投手としての特徴です。
最大の持ち味は、力のあるストレートとフォークを組み合わせた投球でした。
最速151キロのストレートとフォークが武器
燕市の公式プロフィールでは、150キロ台の直球と落差のあるフォークを生かしたパワーピッチングが紹介されています。
また、大学時代の報道では最速151キロの直球が持ち味として取り上げられました。
ストレートで打者に速さを意識させ、落差のある変化球でタイミングを外す。
この組み合わせは、三振を奪う能力を持つ投手にとって重要な武器になります。
右投左打とはどういう意味?
野球のプロフィールに記載される「右投左打」は、次の意味です。
- 右投:右手でボールを投げる。
- 左打:左打席に立ってバッティングをする。
漆原は投手として右腕からボールを投げ、打席では左打ちの選手でした。
なお、NPBの年度別成績では、一軍公式戦での打席・打数は記録されていません。投手としての役割が中心だったことが分かります。
NPB公式記録で見る一軍通算成績
NPBの個人年度別成績によると、漆原の一軍通算成績は次のとおりです。
一軍公式戦・通算成績121
登板試合数3.06
通算防御率3勝6敗
勝敗17
ホールド4
セーブ94
奪三振
投球回126回2/3、2025年シーズン終了時点。出典:日本野球機構。
特に注目したいのは、通算121試合の登板と防御率3.06です。
プロ野球の救援投手は、登板機会が限られる一方で、試合の重要な局面を任されることがあります。
勝利数やセーブ数だけでは評価しきれない役割もあり、登板数、ホールド、防御率、奪三振などを組み合わせて見る必要があります。
阪神移籍後の2024年と2025年を比較
2024年と2025年の阪神時代の記録を比較すると、次のようになります。
- 2024年:38試合登板、1勝4敗、5ホールド、防御率3.89。
- 2025年:11試合登板、0勝0敗、2ホールド、防御率0.00。
2025年は登板試合数こそ11試合でしたが、防御率0.00を記録しています。
これは一軍で投げた11試合の間、自責点を許さなかったことを意味します。ただし、登板機会や投球回数も異なるため、2024年との単純比較だけで投手としての能力を判断することはできません。
【引退後の現在】漆原大晟は2026年に何をしている?
2026年現在の漆原大晟は、阪神タイガースアカデミーのコーチです。
現役引退後に野球界を離れたわけではなく、選手として培った経験を次世代へ伝える立場に移っています。
2025年10月に阪神から来季契約を結ばないと通告
阪神タイガースは2025年10月21日、漆原大晟選手と来季の契約を結ばないことを公式発表しました。
その後、漆原は現役引退を発表しています。
2025年シーズンの一軍成績は11試合登板、防御率0.00でした。
数字だけを見ると好成績を残していたシーズンですが、プロ野球選手の契約は一軍での防御率だけで決まるものではありません。
球団の選手編成、年齢構成、チームの補強方針など、さまざまな要素が関係します。
したがって、戦力外通告の理由を特定の成績や出来事だけに結びつけることはできません。
2026年1月からタイガースアカデミーコーチに就任
2025年12月13日、阪神は漆原と川原陸の両氏が2026年1月からタイガースアカデミーのコーチに就任すると発表しました。
2026年2月27日付の阪神公式案内でも、漆原大晟コーチの加入が明記されています。
タイガースアカデミーは、元プロ野球選手らが子どもたちに直接指導する野球スクールです。
幼児から小中学生まで、年齢や経験に応じたコースを用意し、野球に触れる機会を提供しています。
現在の公式スタッフプロフィールにも掲載
阪神タイガースのアカデミー公式スタッフ紹介には、漆原大晟の名前が掲載されています。
プロフィールには、次の内容が記載されています。
- 氏名:漆原大晟(うるしはら・たいせい)
- 生年月日:1996年9月10日
- 出身:新潟県
- 投打:右投左打
- 守備:投手
- 経歴:新潟医療福祉大学、オリックス、阪神
また、2026年度の開校クラス一覧では、宝塚小浜校のコーチとしても名前が確認できます。
現役時代は一軍のマウンドで打者と対戦していた漆原が、今度は指導者として子どもたちと向き合う立場になりました。
投手として培った経験や、育成選手から支配下登録を勝ち取った経験は、野球を始めたばかりの子どもたちにも伝えられる貴重な財産です。
【プロの結論】漆原大晟のキャリアから分かる3つのポイント
漆原大晟の野球人生を振り返ると、単純に「元阪神の投手」という肩書きだけでは捉えきれない特徴があります。
1. 育成ドラフトから一軍通算121試合まで到達した
2018年の育成ドラフト1位でオリックスに入団し、2020年に支配下登録。
そこから一軍121試合の登板を記録しました。
育成選手から支配下登録を勝ち取るには、ファームでの結果だけでなく、一軍で戦力として期待される実力を示す必要があります。
2019年のウエスタン・リーグ最多セーブは、その過程を象徴する実績です。
2. オリックスと阪神の2球団を経験した救援投手
漆原はオリックスでプロキャリアをスタートさせ、現役ドラフトによって阪神へ移籍しました。
異なる球団の投手陣で経験を積み、通算121試合に登板したことは、キャリアを理解するうえで重要です。
3. 現役引退後も野球に携わる道を選んだ
2026年のタイガースアカデミーコーチ就任は、現役生活の終了と野球人生の終了が同じではないことを示しています。
選手としての経験を指導に生かす立場へ移ったことは、漆原のキャリアを考えるうえで大きな転換点です。
また、情報を見る際には、次の3点を区別すると人物像を正確につかめます。
- 現役選手としての所属球団と、引退後の所属先を混同しない。
- 一軍通算成績と、特定シーズンの成績を混同しない。
- 戦力外通告と現役引退、その後のコーチ就任を別々の出来事として整理する。
【よくある質問】漆原大晟に関するFAQ
Q1:漆原大晟の読み方は?
A1:うるしはら・たいせいです。「漆原」が「うるしはら」、「大晟」が「たいせい」と読みます。
Q2:漆原大晟の生年月日と出身地は?
A2:1996年9月10日生まれで、新潟県燕市出身です。2026年11月1日時点で30歳です。
Q3:漆原大晟は右投左打ですか?
A3:はい。右投左打の投手です。身長182cm、体重84kgというプロフィールがNPBに掲載されています。
Q4:漆原大晟はどこの球団に所属していましたか?
A4:オリックス・バファローズと阪神タイガースです。2018年にオリックスから育成ドラフト1位で指名され、2023年オフの現役ドラフトで阪神へ移籍しました。
Q5:漆原大晟はいつ引退しましたか?
A5:2025年シーズンをもって現役を引退しました。2025年10月21日に阪神から来季契約を結ばないと通告され、その後、引退を発表しています。
Q6:漆原大晟の2026年現在の仕事は?
A6:阪神タイガースアカデミーのコーチです。2026年1月から指導者として活動しています。
Q7:漆原大晟のプロ野球通算成績は?
A7:NPBの2025年シーズン終了時点の記録では、121試合登板、3勝6敗、4セーブ、17ホールド、防御率3.06、94奪三振です。
まとめ:漆原大晟は育成から一軍へ進み、指導者として新たな一歩を踏み出した
漆原大晟は、1996年9月10日生まれ、新潟県燕市出身の元プロ野球投手です。読み方は「うるしはら・たいせい」。右投左打で、新潟明訓高校、新潟医療福祉大学を経て、2018年の育成ドラフト1位でオリックスに入団しました。
プロ入り後は2019年にファームで最多セーブを獲得し、2020年には支配下登録。一軍通算121試合に登板した後、2023年オフに現役ドラフトで阪神へ移籍しました。
そして2025年シーズンを最後に現役を引退。2026年からは阪神タイガースアカデミーのコーチとして、子どもたちへの野球指導に携わっています。
2026年現在の漆原大晟を理解するうえで大切なのは、元プロ野球選手という過去だけでなく、育成選手から一軍へ進んだ経験を次世代に伝える新しい役割にも目を向けることです。新潟県燕市からプロ野球の世界へ進んだ右腕の第二の野球人生は、すでに始まっています。
主な情報出典:日本野球機構(NPB)、阪神タイガース公式サイト、燕市公式サイト、日刊スポーツ。