日体大エッサッサとは?誕生100年の歴史と744人ギネス記録、2026年の現在を徹底解説

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日本体育大学の伝統的な応援スタイル「エッサッサ」。上半身裸に白い鉢巻、白い短パンという独特の姿で、力強い掛け声とダイナミックな腕の動きを披露する集団演技は、日体大を象徴する文化として知られている。誕生したのは1926年。考案したのは、当時の日本体育会体操学校に在籍していた平井一氏だ。

2026年はエッサッサ誕生から100周年を迎える記念すべき年となった。5月1日には在学生と卒業生が参加した記念イベントで744人による演技がギネス世界記録に認定。さらに、10月31日・11月1日開催の第59回日体フェスティバル2026でも、100周年を象徴する企画や実演会が予定されている。誕生の由来から深沢寮での継承、厳しい練習、現在の活動まで、その全貌を解説する。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 誕生の歴史:1926年、平井一氏が日本体育会体操学校の学生寮で考案した伝統的な応援スタイル。
  • 演技と継承:白い鉢巻と白い短パンを着用し、男子新入生への指導や深沢寮での練習を通じて受け継がれている。
  • 2026年の快挙:5月1日に744人が「最大の日本式リズミック応援」でギネス世界記録を達成。誕生100周年を迎えた。

【日体大エッサッサとは?】100年続く独特の応援スタイルの正体

日体大エッサッサ

エッサッサとは、日本体育大学が誇る伝統的な応援スタイルである。一般的な応援団のように声援や応援歌を中心とするものではなく、集団で身体の動きをそろえ、掛け声とともに力強い演技を披露する点に特徴がある。

その魅力は、単純な力強さだけではない。ゆっくりとした動きと瞬発的な動作、静止と躍動、力の強弱を組み合わせることで、集団全体に独特の緊張感と迫力を生み出している。

日本体育大学の公式説明では、エッサッサは「離合集散」の美を表現する演技として発展してきた。集団がまとまり、広がり、再び一つになる動きによって、個人の身体能力だけでは生み出せない迫力を作り上げる。

また、その姿は「月明かりに獅子が月に向かって咆哮する様子」に例えられている。力強い拳の突き上げや上体の動き、響き合う掛け声が、獅子の雄々しさを連想させるためだ。

「月明かりに獅子が月に向かって咆哮する様子」

これは日本体育大学の公式メディア「NITTAI Sports Insight」が2026年9月に公開した100周年特集でも紹介された表現である。

「エッサッサ」という掛け声に特別な意味はある?

気になるのが、独特の掛け声である「エッサッサ」の意味だ。

日本体育大学の歴史資料によると、この掛け声は荷物を担いで走るときなどに使われていた言葉から着想を得たものとされる。つまり、特定の思想や外国語の略称として作られた言葉ではなく、身体を動かす際の調子を整える掛け声が出発点になっている。

小学館の『デジタル大辞泉』でも、「えっさっさ」は物を担いで走るときの掛け声として説明されている。

現在の演技では、掛け声そのものが集団の動きをそろえる役割を担う。声を発するタイミング、腕を振る瞬間、全身の動きが一致することで、エッサッサ特有の迫力が生まれるのである。

【誕生の由来と歴史】考案者・平井一が1926年に生み出した背景

エッサッサが誕生した背景には、大正時代の学生スポーツと応援文化の盛り上がりがあった。

当時、日本体育大学の前身である日本体育会体操学校では、学生たちが大相撲の応援に力を入れていた。毎年5月に両国国技館で開催される学生相撲大会は、各学校が応援の熱気を競う場でもあった。

東京農業大学の「大根踊り」や、当時の商船大学の「錨をあげて」など、他校にはすでに独自の応援スタイルが存在していた。体操学校でも、他校に負けない独自の応援を作ろうという気運が高まっていたのである。

考案者は平井一氏。陸上競技の腕振り動作が原点

中心人物となったのが、当時の体操学校に在籍していた平井一氏だ。

日本体育大学の公式沿革によると、平井氏は1925年の学生相撲大会で他校の応援合戦を目にし、自分たちも独自の応援を作りたいと考えるようになった。翌1926年度には応援団長に選ばれ、新入生への応援指導を前に新しい演技の考案に取り組んだ。

その際に着想を得たのが、当時の陸上競技における腕振り動作だった。

腕振りには、上体の前で腕を交差させる「クロス・ボディ・アームモーション」と、腕を交差させず、ピストンのように素早く振り戻す「ピストン・ロッヂ・アームモーション」という考え方があった。

平井氏は、胸を張って上体を安定させ、力強く腕を振るには、左右の腕を平行に動かすほうが美しいと考えた。そこに静と動、強と弱、速と遅の変化を取り入れ、独自の応援スタイルを形にしていった。

誕生したのは1926年4月。学生寮の一室から始まった

日本体育大学の2026年9月の特集記事では、平井氏が1926年4月15日に深沢寮で考案したと紹介されている。一方、大学の詳細な歴史年表では、大井町の寮の自室で試行錯誤した末に誕生したと説明されている。

ここには歴史的な所在地の違いに注意が必要だ。日本体育会体操学校が現在の世田谷区深沢に移転したのは1937年であり、1926年当時は大井町に所在していた。したがって、誕生当時の場所については、大学の沿革年表が記す大井町の学生寮という説明が歴史的な時系列と整合する。

考案後、エッサッサは学生たちの応援練習を通じて形を整え、両国国技館での学生相撲大会で披露された。大会当日は両国橋付近に集合し、「エッサ、エッサ」という掛け声に合わせて会場へ向かったという。

応援団長となった平井氏が指揮を執り、日の丸の扇を振って演技を開始すると、会場には大きな拍手が広がった。これが現在まで続くエッサッサの歴史の始まりである。

【エッサッサの歴史年表】平井一から2026年のギネス記録まで

100年にわたるエッサッサの歴史を理解するには、誕生した1926年だけでなく、学生寮による継承や現代の活動までを一続きの流れとして見る必要がある。

日本体育大学の公式沿革と2026年の100周年特集をもとに、主な出来事を整理した。

年代・時期 関係者・出来事 歴史的な意味
1925年 平井一氏が学生相撲大会の応援合戦を目撃 独自の応援スタイルを考えるきっかけとなる。
1926年4月 平井一氏がエッサッサを考案 陸上競技の腕振り動作を取り入れ、独自の演技が誕生。
1926年 両国国技館の学生相撲大会で披露 日体独自の応援文化として本格的に始動。
1937年 日本体育会体操学校が深沢へ移転 現在の世田谷キャンパスにつながる歴史的な転換点。
昭和38年頃 深沢寮生による体育研究発表実演会での披露 寮生による継承の場として定着。
2026年4月 誕生100周年 大正15年の考案から100年の節目を迎える。
2026年5月1日 100周年記念イベントで744人が演技 「最大の日本式リズミック応援」でギネス世界記録を達成。
2026年10月31日・11月1日 第59回日体フェスティバル2026 100周年をテーマにした学園祭を開催。

特に注目したいのは、昭和38年頃から続く体育研究発表実演会との関係だ。深沢寮生が演技を披露する機会が設けられ、先輩から後輩へ伝統を受け渡す場として機能してきた。

また、戦時中には出征する先輩たちを駅で見送る際にもエッサッサが行われていた。日本体育大学の歴史資料では、この歴史を振り返り、平和な時代に生きる学生たちが戦地へ送り出すための演技を再び行うことがないよう、教訓として伝えている。

単なる応援パフォーマンスではなく、時代ごとの学生生活や大学の歴史とも深く結び付いてきたことが分かる。

【演技の特徴と正装】白い鉢巻・白短パンに込められた伝統

エッサッサを見たとき、まず目を引くのが演技者の独特な服装だ。

現在のエッサッサの正装は、白い鉢巻と白い短パン。通称「エッサッサパンツ」と呼ばれる専用の短パンを着用し、上半身は裸、足元は裸足というスタイルで演技する。

日本体育大学の2026年100周年特集では、これを正式な演技時の服装として紹介している。

なぜ上半身裸で演技するのか

エッサッサは、上体を大きく使った身体表現を特徴としている。胸を張り、拳を突き上げ、腕を力強く振る動作が演技の中心となるため、上半身の動きが視覚的にも分かりやすい。

また、統一された白い鉢巻と短パンによって、集団としての一体感が強調される。個々の服装や装飾ではなく、身体の動きそのものを見せる演技であることも特徴だ。

1926年当時の服装は現在と異なっていた

興味深いのは、誕生当時の服装が現在とは違っていた点だ。

日本体育大学の公式沿革によると、初期の演技では上半身裸に白い帽子、白い長ズボン、白い運動靴という服装が採用されていた。

現在の白い鉢巻と白い短パンというスタイルは、100年間まったく変わらなかったものではない。学生たちが時代に合わせて少しずつ演技をアレンジしてきたように、服装にも変化があったのである。

演技で注目したい3つのポイント

1.静と動の切り替え

ゆっくりとした動きから、一気に力強い動作へ移る緩急が特徴。演技全体に緊張感を生み出す重要な要素となっている。

2.拳と腕の力強い動き

胸を張った姿勢から拳を振り上げ、腕を大きく動かす。個人の力強さだけでなく、集団で動作がそろったときの迫力が見どころだ。

3.集団による離合集散

まとまった集団が広がり、再び一つになる動きによって、演技に立体感が生まれる。獅子が咆哮する姿に例えられる理由も、このダイナミックな集団表現にある。

【練習はきつい?】深沢寮と男子学生オリエンテーションでの継承

エッサッサの迫力を支えているのが、日々の練習である。

日本体育大学の公式メディアが2026年9月に公開した100周年特集では、演技に必要な姿勢や、深沢寮生が取り組む訓練の様子が詳しく紹介されている。

低い姿勢を保つには強い筋力が必要

エッサッサでは、両脚を前後に大きく開き、重心を低く保つ姿勢を取る。その状態から上体を起こし、拳を高く振り上げる動作を繰り返す。

この姿勢は、両脚や腹部に大きな負荷がかかる。公式特集でも、訓練なしでは正しい型を数秒間維持することさえ難しいと説明されている。

見た目には単純な腕振りに思えるかもしれないが、実際には全身の筋力や姿勢の維持、動作のタイミングを合わせる能力が求められる。

深沢寮では朝6時から1か月以上の練習

体育研究発表実演会を控えた深沢寮では、学生たちが1か月以上にわたって朝の訓練に取り組む。

日本体育大学の公式特集によると、練習は朝6時に始まり、通常は約1時間。上級生が下級生の姿勢や腕の動きを細かく指導し、全体の動きをそろえていく。

さらに、学生同士で話し合いながら動きに工夫を加えることもあるという。

ここで重要なのは、先輩が一方的に型を教えるだけではないという点だ。伝統的な動きを守りながら、その時代の学生たちが工夫を重ねることで、エッサッサは現在まで受け継がれてきた。

男子新入生はオリエンテーションでエッサッサを学ぶ

エッサッサは深沢寮生だけのものではない。

日本体育大学の公式メディアによると、男子学生は入学後のオリエンテーションでエッサッサの練習に臨む。大学の伝統を新入生に伝えるための教育的なプログラムとして位置付けられている。

2026年度の新入生オリエンテーションについても、大学は3月13日に公式案内を公開。4月6日から8日までの学部新入生向けプログラムの中で、エッサッサ、荏原体育、集団行動を実際に学ぶ機会を設けた。

同案内では、男子学生がエッサッサのプログラムに参加する際、エッサッサパンツを着用するよう指定されている。2026年度は4月7日または8日に実施された。

つまり、エッサッサは特定の運動部や一部の寮生だけが守る文化ではなく、新入生が日体大生としてのアイデンティティを学ぶ機会にもなっている。

深沢寮が担う伝統継承の役割

日本体育大学には、東京・世田谷の深沢寮をはじめ、和泉寮、健志台寮、健志台桜寮がある。このうち深沢寮は男子の教育寮として位置付けられている。

大学の寮案内では、深沢寮の最大定員は256名、部屋数は69室と紹介されている。

エッサッサの継承において深沢寮が重要なのは、単に練習場所として使われているからではない。先輩と後輩が日常的に接する寮生活そのものが、演技の技術や伝統を伝える仕組みになっているためだ。

卒業後も結婚式などで披露されることがあるほか、全国の学校で体育祭の演目に取り入れられる例もある。大学の外にも広がる文化へと成長している。

【2026年最新】744人がギネス世界記録達成!100周年イベントの全貌

2026年のエッサッサを語るうえで欠かせないのが、5月1日に開催された誕生100周年記念イベントだ。

日本体育大学は東京・世田谷キャンパスの多目的グラウンドに在学生と卒業生、関係者を集め、100年の伝統を記念する演技を披露した。

大学の開催前の発表では約2,000人規模の事業が予定されていたが、開催後の公式発表では、在学生・卒業生・来場者を合わせて約1,500人が集まったと報告されている。

ギネス記録は744人。「最大の日本式リズミック応援」

2026年5月1日、744人によるエッサッサがギネス世界記録に認定された。

認定された記録の正式名称は「最大の日本式リズミック応援(Largest Japanese rhythmic cheer)」。日本体育大学が達成者となり、ギネス世界記録の公式認定員による審査を経て記録が認定された。

ギネス世界記録の公式記録ページにも、達成者はNippon Sport Science University、参加者は744人、場所は東京・世田谷、達成日は2026年5月1日と掲載されている。

これは単に大勢で演技をしたという話ではない。1926年に一人の学生が考案した応援スタイルが、100年後には744人が参加する世界記録へと発展したことを意味する。

100周年イベントでは約3分間の演技を披露

日本体育大学の公式メディアが公開したイベントレポートによると、当日の演技は太鼓の音と号令を合図に始まった。

参加者はグラウンドに整列し、深く踏み込んだ独特の前傾姿勢を取る。そこからゆっくりと上体を起こし、掛け声とともに両腕を振る。力強い声と動作が一斉に重なり、約3分間にわたる演技が披露された。

在学生と卒業生が同じ動きを共有する姿は、100年間の継承を象徴する光景となった。

日体フェスティバル2026のテーマも「百獅繚乱」

100周年の盛り上がりは、5月の記念イベントだけにとどまらない。

日本体育大学が2026年10月8日に発表した第59回日体フェスティバル2026のテーマは「百獅繚乱(ひゃくしりょうらん)」だ。

エッサッサ誕生100周年の「100」と、多くの獅子に見立てた日体大生を組み合わせた名称で、一人ひとりの熱量や個性、エネルギーがあふれる様子を表現している。

開催概要は以下の通り。

  • 開催日:2026年10月31日(土)・11月1日(日)
  • 会場:日本体育大学 東京・世田谷キャンパス
  • 10月31日:お笑いライブ、学友会体育祭、学生企画など
  • 11月1日:日体カーニバル、カラオケバトル、日本体育大学ミニ実演会など
  • 入場料:無料

11月1日のミニ実演会は、エッサッサを含む日体大の身体表現や伝統に触れる機会として注目される。ただし、公開されている学園祭のプログラムでは、ミニ実演会の個別演目までは明記されていない。

100周年の節目に合わせた「百獅繚乱」というテーマからも、エッサッサが大学の伝統文化を象徴する存在であることがうかがえる。

【プロの結論】エッサッサが100年続いた理由と現在の価値

エッサッサが100年間受け継がれてきた理由は、演技そのものの完成度だけではない。学生が学生に教えるという継承の仕組みが、大学生活の中に組み込まれている点にある。

平井一氏が考案した当初のスタイルは、時代を経て寮生たちによってアレンジされてきた。静と動の対比や離合集散の美といった基本的な特徴を残しながら、学生たちが演技を磨き続けてきたのである。

エッサッサは単なる筋力自慢ではない

初めて見る人にとっては、上半身裸の学生が大きな声を出しながら腕を振る、力強いパフォーマンスに見えるかもしれない。

しかし、演技の本質は個人の力を競うことではなく、集団として動きをそろえることにある。全員の姿勢や動作、掛け声が一致して初めて、エッサッサ特有の迫力が完成する。

個人の身体能力を集団の表現へと変換することこそ、100年間受け継がれてきた文化的な価値だ。

伝統を守ることと時代に合わせることの両立

もう一つ重要なのが、エッサッサが固定された演技ではないという点だ。

公式資料では、寮生たちが時代ごとに動きをアレンジし、現在の勇壮な演技へと発展させてきた経緯が紹介されている。伝統の核となる動作や精神を残しながら、学生自身が工夫を重ねることで継承が成立している。

2026年の100周年イベントと744人のギネス世界記録は、その継承が現在も機能していることを示す象徴的な出来事だ。

これからエッサッサを見る際には、掛け声の大きさや人数だけでなく、動きの緩急、集団のまとまり、先輩から後輩へ受け継がれてきた歴史にも注目したい。

【日体大エッサッサに関するよくある質問(FAQ)】

Q1:日体大エッサッサはいつ誕生しましたか?

A1:1926年(大正15年)4月です。当時の日本体育会体操学校の学生だった平井一氏が考案しました。2026年に誕生100周年を迎えています。

Q2:エッサッサの考案者・平井一とはどんな人物ですか?

A2:日本体育会体操学校の在学生で、1926年度に応援団長を務めた人物です。陸上競技の腕振り動作に着想を得て、独自の応援スタイルを考案しました。

Q3:エッサッサの掛け声にはどんな意味がありますか?

A3:荷物を担いで走るときなどに使われる掛け声に由来します。特別な外国語の略称などではなく、動作の調子を整える言葉が原点です。

Q4:エッサッサの正装はどのような服装ですか?

A4:現在の正装は白い鉢巻と白い短パンです。上半身裸、裸足で演技します。なお、誕生当初は白い帽子、白い長ズボン、白い運動靴という服装でした。

Q5:エッサッサの練習は本当にきついのですか?

A5:低い姿勢を維持しながら全身を大きく動かすため、脚や腹部に大きな負荷がかかります。深沢寮では実演会前に1か月以上、朝6時から約1時間の練習を行うと大学公式メディアが紹介しています。

Q6:2026年のギネス世界記録は何人ですか?

A6:744人です。2026年5月1日、日本体育大学の東京・世田谷キャンパスで「最大の日本式リズミック応援(Largest Japanese rhythmic cheer)」として認定されました。

Q7:日体フェスティバル2026でもエッサッサを見られますか?

A7:2026年10月31日と11月1日に世田谷キャンパスで開催され、11月1日のプログラムには日本体育大学ミニ実演会が掲載されています。ただし、公開プログラムでは個別の演目までは特定されていません。

まとめ:日体大エッサッサは100年を超えて受け継がれる大学の財産

日体大エッサッサは、1926年に平井一氏が考案した独自の応援スタイルである。陸上競技の腕振り動作を取り入れ、「エッサッサ」という掛け声と静と動の緩急を組み合わせた演技は、学生寮を中心に100年間受け継がれてきた。

現在では、男子新入生のオリエンテーションや深沢寮での練習、体育研究発表実演会などを通じて伝統が継承されている。白い鉢巻と白い短パンという正装も、日体大ならではの象徴的な姿となった。

そして2026年5月1日、744人による演技がギネス世界記録に認定された。1926年に一人の学生が生み出した応援スタイルが、100年後に世界記録として認められたことは、エッサッサの歴史における大きな転換点である。

「百獅繚乱」を掲げた日体フェスティバル2026にも、その伝統を次の世代へつなぐという思いが込められている。エッサッサは過去の学生文化として保存されているだけではない。今を生きる学生たちが自ら演じ、磨き、未来へと受け渡していく、日本体育大学の生きた伝統なのである。