鶴竜親方の現在は?音羽山部屋の創設経緯と横綱時代の実績を2026年最新解説
2026年11月現在、元第71代横綱・鶴竜は、年寄「音羽山力三郎」を名乗り、東京都墨田区向島にある音羽山部屋の師匠として後進の育成に取り組んでいます。本名はマンガラジャラブ・アナンダ。現役時代に幕内優勝6回を達成した実績を持ち、2021年3月の引退後は親方として新たな相撲人生を歩んできました。現在は大関・霧島や、2026年九州場所から新十両に昇進する竜鳳らを率いています。
鶴竜親方の歩みを振り返ると、モンゴルから16歳で来日した少年時代、横綱としての栄光とけがとの闘い、年寄・音羽山の襲名、そして独立した相撲部屋の創設という大きな転換点が見えてきます。2026年の最新番付と所属力士、本人が掲げる指導理念も含め、現在の活動を詳しく整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の立場: 年寄・音羽山力三郎として、東京都墨田区向島の音羽山部屋を率いている。
- 現役時代の実績: 第71代横綱として幕内優勝6回、生涯戦歴785勝497敗231休を記録した。
- 部屋の現在: 2026年11月場所では大関・霧島と新十両・竜鳳を含む11人の力士が所属している。
【2026年最新】鶴竜親方は現在何をしている?音羽山部屋の師匠として活動

鶴竜親方は現在、現役力士ではなく、日本相撲協会に所属する年寄です。現役時代の四股名である「鶴竜」から、2023年12月に年寄名跡「音羽山」を襲名し、現在は音羽山親方として弟子の指導や部屋の運営を担当しています。
日本相撲協会の年寄プロフィールによると、正式な年寄名は音羽山力三郎。1985年8月10日生まれで、2026年11月時点では41歳です。出身地はモンゴル・スフバートル。本名はマンガラジャラブ・アナンダです。
現在の活動拠点は東京都墨田区向島
音羽山部屋の所在地は東京都墨田区向島2丁目17番11号です。
師匠として力士の稽古を見守り、技術面だけでなく、生活習慣や相撲に向き合う姿勢なども指導しています。
音羽山部屋の公式サイトでは、鶴竜親方自身が2001年に体重わずか65kgでモンゴルから来日した経験を紹介しています。約20年間にわたる現役生活を経て、引退後は陸奥部屋の部屋付き親方として後進の指導に携わり、2024年に独立した部屋を構えました。
現在の仕事は、単に稽古場で技術を教えることだけではありません。師匠として弟子を育て、相撲部屋という共同生活の場を運営し、将来の関取や横綱を育成することが中心です。
2026年11月場所の音羽山部屋所属力士一覧
日本相撲協会の相撲部屋紹介に掲載されている2026年九州場所の番付情報を整理すると、音羽山部屋には11人の力士が所属しています。
| 番付 | 四股名 | 読み方 |
|---|---|---|
| 東大関 | 霧島鐵力 | きりしま |
| 西十両14枚目 | 竜鳳和真 | りゅうほう |
| 東幕下15枚目 | 光星竜 | こうせいりゅう |
| 東幕下37枚目 | 象竜 | しょうりゅう |
| 東幕下40枚目 | 鶴英山 | かくえいざん |
| 西序二段5枚目 | 鶴峰 | かくほう |
| 西序二段7枚目 | 鶴翔 | かくしょう |
| 東序二段37枚目 | 白竜 | はくりゅう |
| 東序二段67枚目 | 瀬戸ノ竜 | せとのりゅう |
| 東序二段82枚目 | 讃岐竜 | さぬきりゅう |
| 西序二段92枚目 | 鋼 | はがね |
注目は、大関・霧島に加えて、竜鳳が新たに十両へ昇進したことです。
2026年9月30日、日本相撲協会は九州場所の新十両昇進を発表しました。竜鳳は19歳で、音羽山部屋において大関・霧島に続く2人目の関取となります。
特に大きいのは、竜鳳が陸奥部屋から移籍してきた力士ではなく、音羽山親方が入門時から育ててきた弟子だという点です。
部屋の創設から約3年を経て、師匠自身が育てた若手が関取に到達したことは、音羽山部屋にとって大きな節目となりました。
【本名・出身・経歴】鶴竜親方はモンゴルから来日した第71代横綱
鶴竜親方の本名はマンガラジャラブ・アナンダです。
1985年8月10日、モンゴルのスフバートルで生まれました。16歳だった2001年に日本へ渡り、井筒部屋に入門します。
来日当初の体重は約65kg。大相撲の力士としては小柄な体格からの出発でした。
音羽山部屋の公式プロフィールや日本相撲協会の歴代横綱プロフィールからは、初土俵から横綱昇進まで段階的に番付を上げていった経歴が確認できます。
鶴竜親方の主な経歴と転換点
- 1985年8月10日: モンゴル・スフバートルで誕生。
- 2001年11月場所: 初土俵。
- 2005年11月場所: 新十両。
- 2006年11月場所: 新入幕。
- 2012年5月場所: 大関昇進。
- 2014年5月場所: 第71代横綱に昇進。
- 2021年3月場所: 現役引退。年寄「鶴竜」を襲名。
- 2023年12月27日: 年寄「音羽山」の襲名と音羽山部屋の新設が承認される。
- 2024年4月: 陸奥部屋の閉鎖に伴い、大関・霧島らが音羽山部屋へ転籍。
- 2025年6月22日: 東京都墨田区向島で音羽山部屋の部屋開きを実施。
- 2026年9月30日: 竜鳳の新十両昇進が決定。
鶴竜親方の人生を理解するうえで重要なのは、現役時代の所属部屋と、現在の音羽山部屋を混同しないことです。
現役時代は井筒部屋に所属し、2019年に井筒部屋が閉鎖された後は陸奥部屋へ移籍しました。その後、引退して親方となり、陸奥部屋の部屋付き親方を経て独立しています。
【第71代横綱の実績】鶴竜の幕内優勝6回と現役時代の成績
鶴竜は2014年5月場所から2021年3月場所まで横綱を務めた、第71代横綱です。
現役時代の最大の実績は、幕内優勝6回。横綱在位中は白鵬、日馬富士、稀勢の里らとしのぎを削り、平成の大相撲を代表する力士の一人として活躍しました。
日本相撲協会の公式プロフィールに掲載された成績は次のとおりです。
- 生涯戦歴:785勝497敗231休(115場所)
- 幕内戦歴:645勝394敗231休(85場所)
- 幕内優勝:6回
- 殊勲賞:2回
- 技能賞:7回
- 敢闘賞:0回
- 横綱在位:41場所
初優勝は2014年春場所
鶴竜が初めて幕内優勝を果たしたのは、2014年3月の春場所です。
大関として14勝1敗という成績を残し、場所後に第71代横綱への昇進が決まりました。
横綱昇進後も優勝を重ね、2015年9月場所、2016年11月場所、2018年3月場所、同年5月場所と実績を積み上げています。
そして6回目の優勝となったのが、2019年7月の名古屋場所です。14勝1敗という成績で賜杯を手にしました。
この優勝が現役最後の幕内優勝となっています。
鶴竜の相撲の特徴は右四つと下手投げ
日本相撲協会の公式プロフィールによると、得意技は右四つと下手投げです。
力任せに相手を押し切るだけではなく、相手の体勢や動きを見極めながら、自分に有利な組み手を作って勝負する取り口が特徴でした。
現役時代の経験は、現在の指導にもつながっています。
2026年3月には、時津風一門の連合稽古に参加した大関・安青錦に対して、自身の綱取り経験を踏まえた助言を送っています。
自分のペースを保つことや、得意な型に持ち込むことの大切さを伝えたと報じられました。
単に過去の実績を誇るのではなく、実戦で得た経験を次世代へ伝える立場になっていることが分かります。
【引退理由と経緯】鶴竜はなぜ2021年3月に現役を引退した?
鶴竜の引退理由は、長期化したけがと、それに伴う心身の負担です。
横綱として長く土俵に立ち続けることが難しくなり、復帰を目指していたものの、最終的に現役続行を断念しました。
2020年から続いたけがとの闘い
2020年7月場所から腰痛などの影響で休場が続きました。
同年11月場所後には、横綱審議委員会から白鵬とともに「注意」の決議を受けています。
横綱という地位には、安定した成績だけでなく、継続して土俵に立つ責任も求められます。
鶴竜自身も復帰を目指していましたが、2021年3月場所の直前となる3月9日に左太ももを負傷。春場所への出場を断念しました。
5場所連続休場という状況もあり、再起への道は厳しいものとなっていました。
2021年3月24日に引退を発表
日本相撲協会は2021年3月24日、鶴竜の現役引退と年寄「鶴竜」の襲名を承認しました。
翌25日の引退会見では、本人が引退を決断した理由について率直に説明しています。
「中途半端に土俵に上がるわけにはいかない」
日刊スポーツが報じた引退会見では、けがが長引いたことに加え、何度も復帰を目指すなかで気持ちも少しずつ削られていったと振り返っています。
また、けがが治れば再び相撲を取れるという気持ちは残っていたものの、体をもう一度作り直すことの難しさも感じていたと明かしました。
つまり、引退は単純に横綱としての成績が振るわなくなったからではありません。
長期間のけが、復帰への負担、横綱としての責任、そして今後の人生を総合的に考えた決断でした。
引退後は指導者として新たな道へ
引退時の会見では、今後どのような力士を育てたいかという質問に対し、自分の経験をそのまま押しつけるのではなく、教え方を勉強していきたいという考えを示しました。
また、日本相撲協会を代表する力士を育てたいという目標も語っています。
この考え方は、後の音羽山部屋創設や指導方針につながっていきます。
【音羽山親方への襲名と部屋創設】独立までの経緯を解説
現在の音羽山親方という名前になったのは、2023年12月27日です。
鶴竜は2021年の引退時に年寄「鶴竜」を襲名していましたが、その後、年寄名跡「音羽山」を取得し、2023年12月27日の日本相撲協会理事会で襲名が承認されました。
同時に、陸奥部屋から独立して音羽山部屋を新設することも認められています。
音羽山部屋を創設した理由
鶴竜親方が部屋を創設した背景には、自分自身が経験してきた大相撲の世界で、次世代の力士を育てたいという思いがあります。
独立に関する2023年12月の報道では、将来的に弟子を約20人に増やし、横綱や大関を育てることを目標として語っていました。
これは、単に自分の名前を冠した部屋を持つという話ではありません。
横綱として培った技術や精神面の経験を、師匠として若い力士に伝えていくための新しい挑戦です。
2024年には大関・霧島が転籍
音羽山部屋の歴史を語るうえで欠かせないのが、大関・霧島の移籍です。
2023年12月の部屋新設当初、所属力士は少人数でした。
その後、陸奥親方(元大関・霧島)が2024年4月3日に日本相撲協会の定年を迎えることに伴い、陸奥部屋は同月2日付で閉鎖されることになりました。
この転籍により、大関・霧島や陸奥親方、呼び出し、床山らが音羽山部屋へ移籍しました。
ここで注意したいのは、現在の大関・霧島と、元大関・霧島の陸奥親方は別人だという点です。
| 人物 | 現在の立場 | 音羽山部屋との関係 |
|---|---|---|
| 音羽山力三郎(元鶴竜) | 音羽山親方 | 部屋の師匠 |
| 霧島鐵力 | 現役大関 | 所属力士 |
| 陸奥一博(元大関・霧島) | 陸奥親方 | 年寄として所属 |
現役の大関・霧島は、音羽山部屋の中心的な力士です。一方、元大関・霧島の陸奥親方は、再雇用の参与として協会に残り、音羽山部屋に所属しています。
2025年6月22日に部屋開き
音羽山部屋は2023年12月に新設が承認されましたが、正式な部屋開きは2025年6月22日に東京都墨田区向島で行われました。
この日は関係者や同じ時津風一門の力士らも集まり、新しい相撲部屋としての門出を祝いました。
創設の承認日と、実際の部屋開きの日付は異なります。
この2つを混同すると、音羽山部屋がいつ誕生したのか分かりにくくなるため、2023年12月が新設承認、2025年6月が部屋開きという整理が正確です。
【指導方針と評判】音羽山親方が目指すのは強さと人間性を備えた力士
音羽山親方の指導方針で特徴的なのは、相撲の技術だけでなく、人としての成長を重視していることです。
2025年6月の部屋開きで、親方は育成の目標として次のように語りました。
「愛される、尊敬される力士を育てたい」
スポーツ紙の取材では、稽古場ではライバル意識を持って切磋琢磨し、普段の生活では家族や兄弟のように過ごせる部屋を目指していると説明しています。
厳しい稽古と家族的な雰囲気を両立
相撲部屋は、力士たちが稽古だけでなく日常生活も共にする場所です。
そのため、強くなるための厳しい指導と、安心して生活できる環境の両方が求められます。
音羽山親方が掲げる方針は、稽古では競争心を育て、稽古場を離れれば互いを支え合うというものです。
これは、16歳でモンゴルから来日し、師匠や先輩に支えられながら横綱まで上り詰めた自身の経験とも重なります。
2026年、竜鳳の新十両昇進が指導の成果を示す
2026年9月30日に発表された竜鳳の新十両昇進は、音羽山親方にとって大きな出来事でした。
竜鳳は19歳で、元中学横綱という実績を持つ力士です。
2026年秋場所では東幕下4枚目で4勝3敗と勝ち越し、九州場所から新十両となりました。入門から8場所での昇進です。
日刊スポーツ系の報道によると、竜鳳は親方の指導について、人間性も力士としての姿勢も尊敬していると話しています。
また、音羽山親方は竜鳳の器用さや相撲のセンスを評価し、体格差を補うために相手の懐へ入る相撲を目指すよう助言していました。
このような具体的な指導内容からは、弟子の特徴を見極め、それぞれに適した相撲を身につけさせようとする姿勢がうかがえます。
霧島や他部屋の力士にも経験を伝える
2026年3月には、大関・安青錦の綱取りを前にした連合稽古でも、音羽山親方の経験が生かされました。
自身も2014年に大関から横綱へ昇進した経験があるため、綱取りを目指す力士にとって、実体験に基づいた助言ができる立場です。
一方で、指導者としての評価は、現役時代の優勝回数だけで決まるものではありません。
若手の育成、関取の輩出、部屋の環境づくりなど、複数の側面から見る必要があります。
2026年に竜鳳という新たな関取が誕生したことは、音羽山部屋の育成を考えるうえで、特に注目すべき実績です。
【プロの結論】鶴竜親方の現在を理解する3つのポイント
鶴竜親方について調べる際には、次の3点を押さえておくと、現在の活動や過去の経歴を正しく理解できます。
1. 現役時代の鶴竜と現在の音羽山親方は同一人物
鶴竜は2021年3月に引退し、2023年12月に年寄「音羽山」を襲名しました。現在も日本相撲協会に所属し、部屋の師匠として活動しています。
2. 音羽山部屋は陸奥部屋の単純な改称ではない
鶴竜親方が2023年12月に独立して新設した部屋です。2024年4月の陸奥部屋閉鎖に伴い、大関・霧島らが転籍したことで、現在の体制が整いました。
3. 2026年は自ら育てた弟子が関取に昇進した節目
大関・霧島の活躍に加え、竜鳳の新十両昇進は部屋の育成面で大きな成果です。今後は、若手がどこまで番付を上げられるかが注目されます。
鶴竜親方の現在を評価するなら、横綱時代の優勝6回という実績だけでなく、師匠として何人の力士を育て、どのような相撲部屋を築いていくかにも注目したいところです。
【鶴竜親方の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:鶴竜親方は2026年現在、何をしていますか?
A1:日本相撲協会の年寄「音羽山」として、東京都墨田区向島の音羽山部屋を率いています。所属力士の稽古や育成、部屋の運営などを担当しています。
Q2:音羽山親方の本名は何ですか?
A2:マンガラジャラブ・アナンダです。1985年8月10日生まれで、モンゴル・スフバートル出身です。現在の正式な年寄名は音羽山力三郎です。
Q3:鶴竜はなぜ引退したのですか?
A3:腰痛などのけがによる休場が続き、2021年3月場所直前には左太ももも負傷しました。復帰を目指していましたが、心身への負担も大きくなり、2021年3月24日に引退が発表されました。
Q4:鶴竜の現役時代の優勝回数は何回ですか?
A4:幕内優勝は6回です。第71代横綱として41場所務め、生涯戦歴は785勝497敗231休でした。
Q5:音羽山部屋には大関・霧島が所属していますか?
A5:はい。現役大関の霧島鐵力が所属しています。なお、元大関・霧島の陸奥親方とは別人です。2026年11月場所では、竜鳳も新十両として所属しています。
Q6:音羽山部屋ができたのはいつですか?
A6:日本相撲協会が新設を承認したのは2023年12月27日です。東京都墨田区向島での部屋開きは2025年6月22日に行われました。
まとめ:鶴竜親方は横綱から師匠へ、音羽山部屋の未来を育てる
2026年11月現在、鶴竜親方は年寄・音羽山力三郎として、音羽山部屋の師匠を務めています。
モンゴルから16歳で来日し、幕内優勝6回、第71代横綱という実績を築いた現役時代。その後、2021年の引退、2023年の音羽山襲名、2024年の部屋独立を経て、現在は後進の育成に力を注いでいます。
音羽山部屋には大関・霧島という実力者が所属し、2026年には竜鳳が新十両に昇進しました。師匠が直接育てた弟子から関取が誕生したことは、部屋の新しい歴史を象徴する出来事です。
今後の注目点は、竜鳳をはじめとする若手の成長、霧島の大関としての活躍、そして音羽山親方が目標に掲げる将来の横綱・大関の育成です。
横綱として6度の優勝を経験した鶴竜は、現在、自らの経験を次の世代へ受け継ぐ立場にあります。 土俵上で残した記録に加え、師匠としてどのような力士を育てていくのか。音羽山部屋の今後は、2026年以降の大相撲を楽しむうえでも見逃せないテーマです。