【記録の全体像】葛西紀明のオリンピック出場回数は8大会連続!

目次

葛西紀明のオリンピック出場回数は、合計8回、しかも8大会連続です。

初出場は1992年のアルベールビル大会。当時19歳だった葛西は、その後、リレハンメル、長野、ソルトレークシティ、トリノ、バンクーバー、ソチ、平昌と、2018年まで8大会連続で日本代表として冬季五輪に出場しました。

この記録は、冬季オリンピックの最多連続出場記録としてギネス世界記録にも認定されています。

葛西紀明のオリンピック歴代メダル獲得数

葛西紀明オリンピック



2


銀メダル


1


銅メダル


3


合計

JOCの公式競技記録によるメダル内訳は次のとおりです。

- 1994年リレハンメル五輪:団体銀メダル
- 2014年ソチ五輪:ラージヒル個人銀メダル
- 2014年ソチ五輪:ラージヒル団体銅メダル

金メダルこそ獲得していませんが、異なる時代にわたって世界トップレベルの競技力を維持し、3つのオリンピックメダルを手にしています。

なお、8大会という数字は単に五輪に8回出場したという意味ではありません。1992年から2018年まで、26年間にわたり連続して代表の座をつかみ続けたことに価値があります。

【全8大会の成績一覧】アルベールビルから平昌までの軌跡

葛西紀明の五輪キャリアを振り返ると、若手時代の入賞、苦しい時期、そして40代でのメダル獲得という大きな転換点が見えてきます。

以下はJOCの公式記録と大会当時の競技記録を整理したものです。

開催年・大会 主な成績 注目ポイント
1992年 アルベールビル ノーマルヒル31位、ラージヒル26位、団体4位 19歳で五輪初出場
1994年 リレハンメル ノーマルヒル5位、ラージヒル14位、団体銀 初の五輪メダル
1998年 長野 ノーマルヒル7位 個人種目で入賞
2002年 ソルトレークシティ ノーマルヒル49位、ラージヒル41位 厳しい結果に終わる
2006年 トリノ ノーマルヒル20位、ラージヒル12位、団体6位 5大会連続出場
2010年 バンクーバー ノーマルヒル17位、ラージヒル8位、団体5位 6大会連続出場
2014年 ソチ ノーマルヒル8位、ラージヒル銀、団体銅 41歳で2つのメダル
2018年 平昌 ノーマルヒル21位、ラージヒル33位、団体6位 8大会連続出場を達成

出典:日本オリンピック委員会、TEAM TSUCHIYA、テレビ朝日などの競技記録。順位は各大会の主要種目を掲載。

1992年アルベールビル五輪:19歳で世界の舞台へ

葛西のオリンピックキャリアは、1992年フランスのアルベールビルから始まりました。

当時19歳。日本のスキージャンプ界を担う若手選手の一人として出場し、団体では4位に入りました。

この時点ではメダルに届きませんでしたが、世界の強豪と競い合う経験が、その後の長い競技人生につながります。

1994年リレハンメル五輪:初めてのメダル

2度目の出場となったノルウェーのリレハンメル大会では、男子ラージヒル団体で銀メダルを獲得。

個人ノーマルヒルでも5位に入賞しました。

日本チームの団体銀メダルは、葛西のオリンピックキャリアにおける最初の大きな成果でした。

1998年長野・2002年ソルトレークシティ:苦難の時期

地元開催となった1998年長野五輪では、ノーマルヒルで7位入賞を果たしました。

一方、2002年ソルトレークシティ五輪ではノーマルヒル49位、ラージヒル41位と厳しい結果に終わっています。

長期間にわたって同じ競技を続ける中では、調子の波や競技環境の変化も避けられません。葛西の経歴は、輝かしいメダルだけで構成されているわけではないのです。

2006年トリノ・2010年バンクーバー:ベテランへの道

2006年トリノでは団体6位、2010年バンクーバーではラージヒル個人8位、団体5位という成績を残しました。

2010年の時点で、すでに6大会連続出場です。

この時期の葛西は、単に長く競技を続ける選手ではなく、世界の舞台で結果を狙い続けるベテランとして存在感を示していました。

2018年平昌五輪:前人未到の8大会連続出場

平昌五輪では男子ノーマルヒル21位、ラージヒル33位、団体6位でした。

メダル獲得には届きませんでしたが、五輪8大会連続出場という記録を完成させました。

この時点で45歳。若い選手が中心となるスキージャンプ競技で、長年にわたって日本代表として戦い続けたこと自体が特別な実績です。

【歴史的快挙】ソチ五輪2014の銀メダルと団体銅メダル

葛西紀明のオリンピック実績を語るうえで、最も象徴的なのが2014年ソチ五輪です。

当時41歳だった葛西は、男子ラージヒル個人で銀メダルを獲得。さらに男子ラージヒル団体でも銅メダルを獲得しました。

ソチ五輪の個人ラージヒルで銀メダル

2014年2月、葛西は男子ラージヒル個人で表彰台に立ちました。

41歳での個人メダル獲得は、スキージャンプ界における歴史的な出来事です。

若い選手が次々と台頭する競技で、40歳を超えた選手が世界のトップに食い込むことは容易ではありません。

葛西は長年の経験を生かし、大舞台で結果を残しました。

ソチ五輪の団体戦では銅メダル

個人戦に続き、男子ラージヒル団体でも日本チームは銅メダルを獲得しました。

この結果、葛西はソチ大会だけで2つのメダルを獲得しています。

JOCの記録でも、個人ラージヒル銀メダルと団体銅メダルが明確に記載されています。

リレハンメル1994年の団体銀メダルも忘れられない実績

ソチ五輪の14年前、1994年のリレハンメル大会でも、葛西は男子ラージヒル団体の銀メダルメンバーでした。

つまり、葛西のオリンピックメダルは次の3つです。

- 1994年:リレハンメル団体銀
- 2014年:ソチ個人ラージヒル銀
- 2014年:ソチ団体ラージヒル銅

20年間隔ではなく、20年の時間をかけて再び表彰台に戻ったことが、葛西の競技人生を象徴しています。

また、ソチ五輪でのメダル獲得によって、葛西は冬季五輪スキージャンプ競技の最年長メダリストとしてもギネス世界記録に認定されました。

【2026年ミラノ・コルティナ五輪】葛西紀明が9回目の出場を逃した理由

2026年のミラノ・コルティナ冬季オリンピックは、葛西にとって9回目の出場を目指す大きな挑戦でした。

しかし、2026年1月18日、札幌・大倉山ジャンプ競技場で行われたワールドカップ男子個人第18戦の予選で56位となり、五輪代表入りの可能性が消滅しました。

2026年1月札幌W杯予選で56位

大会の経過を時系列で整理します。

日付 大会・競技 葛西紀明の結果
1月10日 HTB杯国際ジャンプ大会 109.5m、41位
1月16日 W杯男子個人第17戦予選 110.5m、55位
1月18日 W杯男子個人第18戦予選 112m、56位
1月18日 五輪代表選考 推薦基準を満たせず

1月16日の第17戦予選では55位、1月18日の第18戦予選では56位でした。

特に最後の予選では、112メートル、84.4ポイントという結果で、本戦進出を逃しています。

この2日間の結果が、9度目のオリンピック出場を目指す葛西にとって大きな壁となりました。

出場できなかった理由は年齢制限ではない

ここは誤解しやすいポイントです。

葛西がミラノ・コルティナ五輪に出場できなかった理由は、53歳という年齢そのものではありません。

問題となったのは、日本スキー連盟(SAJ)が定めた代表派遣推薦基準と、選考期間中の競技成績です。

2026年大会のジャンプ個人種目では、2024/2025シーズンから2025/2026シーズンまでのFISワールドカップ、サマーグランプリ、世界選手権などを対象に、次の成績基準が設けられていました。

- 8位以内を1回以上
- 10位以内を2回以上
- 15位以内を3回以上
- または基準日時点のワールドカップランキング上位者

これらの基準を満たした選手の中から、ワールドカップランキングや日本の出場枠に応じて代表が選ばれる仕組みです。

選考基準日は2026年1月19日でした。

日本のジャンプ男子代表枠は3人

JOCの2026年1月18日の発表によると、日本が確保した男子ジャンプの出場枠は3人でした。

代表入りが確実となったのは次の3選手です。

-
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この3人が派遣推薦基準を満たした一方、葛西は選考対象大会で必要な成績を残せず、代表から外れました。

つまり、年齢による一律の排除ではなく、競技成績、選考基準、限られた代表枠が重なった結果です。

葛西本人が語った悔しさと現役続行への決意

2026年1月18日の予選後、葛西は五輪出場が難しいことをある程度予想していたと報道陣に明かしました。

一方、そこで競技人生に区切りをつける選択はしませんでした。

「これで終わりじゃない。まだ終わってない。諦めずに狙っていく」

これは1月18日のデイリースポーツが伝えた葛西の発言です。

さらに、葛西は2030年のフランスアルプス地方で開催される冬季五輪への出場にも意欲を示しました。

2026年の挑戦は実りませんでしたが、本人にとっては競技を続ける理由を失う出来事ではなかったのです。

【2026年最新の現在】葛西紀明は土屋ホームスキー部で何をしている?

2026年11月1日現在、葛西紀明は54歳。土屋ホームスキー部に所属し、選手兼監督として競技活動を続けています。

五輪出場は逃しましたが、競技から引退したわけではありません。

土屋ホームスキー部で選手兼監督を務める

葛西は長年にわたり土屋ホームスキー部で活動してきました。

現在のチームには、伊藤有希、竹花大松、小林龍尚らが所属しています。

選手として自ら大会に出場する一方、監督としてチームの運営や若手選手の育成にも関わっています。

これは葛西のキャリアを考えるうえで重要なポイントです。

単に自分の競技成績だけを追うのではなく、長年の国際経験をチームに還元する立場にもあるからです。

2026年5月:宮古島合宿でトレーニング

2026年5月には、土屋ホームスキー部が宮古島で合宿を実施しました。

琉球朝日放送の5月28日の報道によると、チームは5月10日に宮古島入りし、葛西のほか伊藤有希、竹花大松、小林龍尚の4人が参加しました。

合宿では体力づくりを中心に、ジャンプ姿勢や身体のバランスを確認するトレーニングが行われました。

葛西はチームの雰囲気について、次のように語っています。

「楽しくみんな笑顔でという感じでやりたいなと思っていた」

五輪代表を逃した後も、チームを率いてトレーニングに取り組む姿が確認できます。

2026年8月・9月:サマージャンプ大会にも出場

2026年夏も葛西は国内大会に出場しています。

所属チームの公式競技報告によると、8月2日の大倉山サマージャンプ大会では6位に入りました。

9月の白馬サマージャンプ大会では、次の成績を残しています。

大会 開催日 成績
白馬サマージャンプ・ノーマルヒル 9月11日 25位
白馬サマージャンプ・ラージヒル 9月13日 19位

いずれも所属チームが公表した大会結果です。

2026年10月:NHK杯ジャンプ大会で9位

2026年10月26日公表

2026年10月25日には、札幌の大倉山ジャンプ競技場で第68回NHK杯ジャンプ大会が開催されました。

葛西は選手兼監督として出場し、次の結果を残しています。

- 1本目:126.5メートル
- 2本目:126.0メートル
- 合計:226.1ポイント
- 最終順位:9位

強風の影響で試技はキャンセルされたものの、試合は予定どおり実施されました。

葛西は2本ともジャンプを行い、男子でトップ10入りを果たしています。

2026年11月時点で確認できる直近の所属チーム公式競技報告として、この結果は現役続行を裏付ける具体的な記録です。

【プロの結論】葛西紀明の本当の偉業は8大会連続出場だけではない

葛西紀明の競技人生を振り返ると、記録の価値は単純なオリンピック出場回数だけでは測れません。

注目すべき点は、大きく3つあります。

1. 26年間、国際競技の第一線に立ち続けたこと

1992年のアルベールビルから2018年の平昌まで、26年間にわたって五輪の舞台に立ち続けました。

スキージャンプは、踏み切りのタイミング、空中姿勢、着地など、さまざまな技術が要求される競技です。

さらに、年齢を重ねれば筋力や身体の回復力などにも変化が生じます。

そうした条件の中で、競技を継続し、国際大会に出場し続けたことが葛西の大きな功績です。

2. 41歳でオリンピックのメダルを獲得したこと

2014年ソチ五輪での銀・銅メダルは、単なるベテラン選手の記念的な結果ではありません。

個人戦と団体戦の両方で表彰台に立ったという、競技成績としての実力が伴った快挙です。

その後、45歳で平昌五輪にも出場しています。

葛西の実績は、年齢を重ねても世界と戦える可能性を示したものです。

3. 選手と指導者の両方で競技に関わっていること

2026年の葛西は、選手としてジャンプ台に立つだけでなく、監督としてチームを率いています。

若手選手と同じ環境で練習し、大会にも参加する立場は、長年の経験を次世代につなぐうえでも意味があります。

特に、世界大会を経験した選手が監督として活動することは、技術面だけでなく、大会への準備や精神面の支えという点でもチームに価値をもたらします。

2030年フランスアルプス五輪への挑戦は実現するのか?

葛西が次に目標として掲げたのは、2030年の冬季オリンピックです。

1972年6月6日生まれの葛西は、2030年2月の大会開催時には57歳になります。

もし出場が実現すれば、9回目の冬季五輪出場となります。

ただし、現時点で代表入りが決まっているわけではありません。今後の国際大会での成績、身体のコンディション、日本代表の選考基準など、越えるべき条件があります。

2026年10月のNHK杯で9位に入ったことは、現役選手として競技を続けている証拠です。一方で、国内大会の成績だけで2030年の代表入りを判断することはできません。

葛西紀明の次の挑戦を評価するなら、年齢や過去の記録だけではなく、今後の国際大会でどのような成績を残せるかに注目する必要があります。

【葛西紀明のオリンピックに関するよくある質問(FAQ)】

Q1:葛西紀明のオリンピック出場回数は何回ですか?

A1:1992年アルベールビルから2018年平昌までの合計8回です。8大会連続出場という冬季五輪の歴史的記録を持っています。

Q2:葛西紀明が獲得したオリンピックメダルは何個ですか?

A2:合計3個です。1994年リレハンメルの団体銀メダル、2014年ソチの個人ラージヒル銀メダル、団体銅メダルを獲得しています。

Q3:葛西紀明は2026年ミラノ・コルティナ五輪に出場しましたか?

A3:出場していません。2026年1月18日の札幌W杯予選で112メートル、84.4ポイントの56位となり、代表派遣推薦基準を満たせませんでした。

Q4:葛西紀明が2026年1月の札幌W杯で56位になった理由は何ですか?

A4:本人はジャンプの安定性やアプローチ姿勢の調整に課題があったと説明しています。1月16日の予選も55位で、最後の選考機会となった18日の予選でも本戦進出を逃しました。

Q5:葛西紀明は2026年現在も現役ですか?

A5:はい。土屋ホームスキー部の選手兼監督として活動しています。2026年10月25日のNHK杯ジャンプ大会にも出場し、男子9位という結果を残しました。

Q6:葛西紀明は2030年の冬季オリンピックを目指していますか?

A6:はい。2026年1月18日に現役続行を表明し、2030年フランスアルプス冬季五輪への挑戦に意欲を示しました。ただし、出場権はまだ獲得していません。

まとめ:葛西紀明の挑戦は2026年も続いている

葛西紀明は、1992年アルベールビルから2018年平昌まで、冬季オリンピック8大会連続出場という偉大な記録を残しました。

獲得したメダルは銀2個、銅1個。特に2014年ソチ五輪で41歳にして個人銀メダルと団体銅メダルを獲得した実績は、日本スキージャンプ史に残る快挙です。

2026年ミラノ・コルティナ五輪では、9回目の出場を逃しました。しかし、1月の代表選考後も現役続行を宣言し、5月の宮古島合宿、夏のサマージャンプ大会、10月のNHK杯と競技活動を継続しています。

2026年11月現在、葛西が見据える次の目標は2030年の冬季オリンピックです。

8大会連続出場という記録を築いたレジェンドが、57歳で9度目の五輪を目指す。

その挑戦がどこまで続くのか。これからも葛西紀明の競技人生から目が離せません。


主な参照資料:日本オリンピック委員会(JOC)、全日本スキー・スノーボード連盟(SAJ)、TEAM TSUCHIYA公式サイト、SAJ競技データバンク、デイリースポーツ、日刊スポーツ、琉球朝日放送。